現時点では「恋愛しない若者に悲観的な意見」がタイトルになっている(しばしば途中でタイトルは変更されるので念のため)。
このタイトルを見て、「誰が、『恋愛しない若者について悲観的』なんだろう?」と不思議に思い、上の年齢の人たちが、ということかな、と想像しながら記事を読んだ。
> ツイッターには番組を見た人から、「恋愛しない若者」に悲観的な意見が寄せられていた。
> 「愛すること、愛されることが面倒ってちょっと寂しすぎる」
> 「恋愛はコスパが悪いって…インパクトあり過ぎる。薄ら恐怖すら感じるわ」
> 「『恋愛しない若者』か。趣味に生きるのが楽しいのはわかる。歳をとったら感受性も周囲の環境も若い時とは変わってきそうだけど、そこでどうなるかだな」
そういうことか。「番組を見た人」だから層や属性は特定できないが、そこに続く(上記列挙されている)文章とその内容からは、「若い人」のようで、私の疑問はおよそ解けた。
ただし、
これって全然「悲観的」じゃないじゃん!
「否定的」ではあるけれど。
「悲観的」とは、たとえば『デジタル大辞泉』では、
◆[形動]先行きに望みはないと考えるさま。望みのもてないさま。「―な状況」「物事を―に考える」◆
とある。
ちなみに「悲観」は、『大辞林』では
◆ひかん【悲観】
( 名 ) スル
�^�い結果を予想して気を落とすこと。 「将来を−する」
�△海寮い涼罎魄�いものだと考えること。 ◆
原則的には将来、未来への展望に関わる言葉だ。
上記�△�現状についての意味だが、これは「この世の中を」と限定しており、ちょっと毛色が異なる。
いずれにしても、「若者」たちの「現在の考え方」に対する感想として上記列挙されている意見・感想が「悲観的」だという日本語の使い方には、強い違和感がある。
■若者世代が「面倒」「コスパが悪い」と恋愛を完全否定 カップル見ても「一緒にいて何が楽しいんですか」とバッサリ
(キャリコネ - 10月19日 17:40)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=3670538
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