先日の旅行のご報告を続けます。
先回は新日本海フェリーで秋田入りしたことを書きましたが、今回はひとつの目的である奥羽南線の秋田・山形県境を越える区間が非電化化された様子を見に、秋田から山形県新庄へ向かって下る話を書きます。
多分記憶に間違いがなければ、横手駅と新庄駅の間は、1999年に周遊きっぷ「青函ゾーン」帰り券で、当時走っていた快速『こまくさ』に乗って越えた以来27年振りでしょうか。
当時は山形新幹線が新庄延伸工事中で、新庄駅以南はバス代行。
701系電車の3両編成で、ガラガラだった記憶があります。
というわけで、8時前にホームへ行くと、院内行きの701系電車2両編成が発車を待っていました。
奥羽南線には一部クハをセミクロスシートに改造した編成も投入されているようですが、
こちらは普通のオールロングシート車両です。
でも、2両で40〜50人位乗っていたでしょうか、充分空席がありゆったり着席できました。
おっと、脳内でこんな曲が再生され始めました……
1993年にデビューした701系電車、導入当初は地元紙はおろかAERAのような全国的なものでさえ大騒ぎになり、鉄道雑誌(特に鉄道ジャーナル)でも毎号のように読者投稿欄で議論が戦わされたのを憶えています。
今までボックスシートが多い50系客車で運行されていたのが、突然オールロングシートという都会仕様の電車に置き換えられた衝撃は相当のものでした。
しかしそれから30数年が経ち、この電車もすっかり東北の地に馴染んだ気がします。
そんなに古いイメージはないですが、車内を見ると壁や天井の黒ずみが目立つなど、導入から長い年月を経たという感じがありありにじみ出ていました。
標準軌の新庄〜福島間向けにE723系という新型電車の投入が発表されたところを見ると、
数年内には701系の本格置き換えが始まるのでしょうね。
ゆったりした時間が流れるこちらと対照的に、秋田駅はまだまだ通勤通学ラッシュの真っ最中。
数年前に非電化の男鹿線に導入されたEV-E801系蓄電池電車が、男鹿線方面から大勢のお客を運んできてホームに吐き出していました。
JR九州のBEC819系を東日本仕様にした車両ですが、今までの一部車両を除きセミクロスシートだったキハ40系と比べると、オールロングシートになったあたりでまた戸惑いの声も見られたようです。
ただ、ローカル線も新技術の導入で革新が進んでいることは間違いないですね。
さて、院内行き電車に戻ります。
途中、ご承知の通り大曲駅までは『こまち』(と田沢湖線普通列車の回送)が走る標準軌線との単線並列。
この区間は最高速度110km/hまで出せるので、モーターの唸りと揺れが結構気になります。
秋田駅から2つ目の和田駅で、結構な降車がありました。
途中、峰吉川駅と刈和野駅の間は、狭軌線を3線軌道にして標準機側を複線にしています。
わが国では青函トンネルと並ぶかなりレアな区間です。
大曲駅から先は、奥羽本線でありながら貨物列車も優等列車もない、ローカル線に凋落した区間です。
1990年代、701系電車が導入された頃はまだ特急・急行列車やブルートレインもあったのですが。
それでも多くはない乗客の動きが大曲駅や横手駅、湯沢駅であって、
秋田県内(や、『こまち』から乗り換えた)のお客から、次第に新庄駅から『つばさ』に乗り換えるだろうお客メインに車内の様子が変わっていきます。
所々で、鳥海山と思われる秀麗な山が望まれます。
羽越本線から望む鳥海山とは、また違った趣があると思います。
終点ひとつ手前の横堀駅には、新庄行きの列車が待っていました。
ホームの関係で秋田方面への乗り換えの便を図って、院内駅ではなくひとつ秋田寄りのここまで新庄駅からの列車を走らせています。
階段を上らねばなりませんが、ここで乗り換えてしまう方が半分くらい。
僅か数人のお客を乗せて、終点へと向かいます。
秋田駅から2時間弱、秋田県最後の駅・院内に到着です。
乗り換えの新庄行きは、この列車が院内駅に着いてから追いかけてくるので、
ちょっと時間があるので跨線橋を渡って駅前に出てみました。
無人駅ではありますが、院内銀山の歴史を展示する院内銀山異人館との合築で、
結構大きな駅舎です。
かといって駅前には全く人気がありませんが……。
秋田県は鉱山絡みの場所が結構あって(小坂や阿仁なんかが有名)、そういえば今は知りませんが秋田大学に鉱山学科なんかありましたっけ。
院内駅の時刻表と、新庄〜院内間の運転再開の告知です。
一昨年夏の山形県最上地方を中心とした豪雨被害で、奥羽本線新庄〜院内間が不通になったのですが、
利用者の極度な減少から同区間は復旧時に電気運転を中止し、最新の電気式気動車による運転に切り替えて「サスティナブルな運行と災害時の迅速な復旧を実現する」ことになりました。
復旧後、新庄〜院内間は1日7往復(うち快速1往復)に減便。
秋田方面は列車本数が多そうに見えますが、先述の事情で新庄方面からは横堀駅まで運行なので、実際はそんなに多くありません。
(なお、車両は秋田の車両基地から「出張」してくるので、早朝夜間に1往復が秋田駅発着で運行されています)
跨線橋から新庄駅方面の構内を撮りました。
秋田駅からの電車は3番線に到着して、2番線へ入ってくる新庄駅へ向かう気動車列車に、階段を上り下りすることなく乗り換えられるように配慮されています。
院内駅の次の及位(のぞき)駅は、もう山形県。
その間に雄勝峠が控えています。
それにしても、こんな路線の駅に跨線橋など残しておくより、構内踏切を造って跨線橋を取り壊した方が、JRは維持費が掛からずお客も移動が楽でWin-Winだと思うのは私だけですかね??
横堀駅で乗り換えたお客を乗せ、新庄行きの列車が入ってきました。
電気式気動車・GV-E400型の単行運転です。
主に五能線で使っている車両ですが、今回の非電化復旧に伴いこちらでも走るようになりました。
津軽線関係の運用がなくなり、さらに新津の米坂線関係も運用がなくなったので、新津からも車両を回すことができて丁度良かったのでしょう。
お客は総勢18人、みんな新庄駅で乗り換える感じでした。
多客時は2両編成で運行することもあるようですが、これで足りてしまうのです。
県境の院内〜及位間は複線。
1975年の電化に合わせて峠の区間を複線化しましたが、現状ではすっかり無駄な設備になってしまいました。
かといって撤去するには相当の費用が掛かるから取り掛かれないのでしょう。
この辺は架線が完全に取り外され、架線柱だけが残っています。
県境のトンネルの途中で峠を越えたようで、エンジンの音がすっと止まりました。
一昨年乗った長崎本線もそうでしたが、架線が取り外された所とそうでない所があるようです。
この辺は架線柱だけ残っていますが、架線を吊る線だけ残っている区間もありました。
今後合間を見て徐々に取り外していくのでしょうが。
それと、復旧に合わせて最高速度も引き下げられたみたいで、完全にローカル線の運行体制にして維持費を下げようと考えているのが分かります。
院内駅から50分で、終点の新庄駅に到着。
奥羽南線も、ここからは『つばさ』が走る標準軌線に生まれ変わり、新幹線直通で東京までつながっている、名実ともに「幹線」となります。
今乗ってきた列車は一旦引き上げ、次の横堀行きの快速は奥に待機している別のGVが入るようなので、新庄〜横堀間の運行は秋田から1泊2日、都合2運用で毎日2両のGVで回しているようです。
それで回ってしまうのが現実で、非電化化というのも妥当な判断だったと思います。
隣は高規格道路のトンネル工事に支障するために1月まで運休していた陸羽西線の列車。
こちらも単行で足りてしまうのが現実です。
狭軌線と標準軌線がH型のホームで向かい合う新庄駅には、山形・東京方面から秋田方面の乗り換え客に目に付くように、先述の事情による乗り換え駅の案内がデカデカ掲げられていました。
新庄駅以北と以南を乗り継ぐ需要は、今回もそれなりにあることが確認されました。
そのうち新白河駅や泊駅みたいな乗り換え方法も検討されるかもですが、追加コストを考えれば今の体制がベターという判断だったのでは、という気がします。
新庄駅の改札口を出ました。
実は、件の水害で陸羽東線の鳴子温泉駅と新庄駅の間が現在も不通のままで、バス代行が続いています。
利用者が極端に少ない区間があり、廃止されるのではという心配もありましたが、
JRとして鉄道を存続するメリットがあるのか、どうも今年から復旧工事に入るようです。
駅の電光掲示板には、列車ではなくバスの時刻が案内されていて、ご丁寧にホームも「西口」と表示されていました。
この後は、新庄で前から行きたかった場所へ行ってから、さらに奥羽南線を南下して天童へ向かいますが、
その話はまた後日、ということで


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