昨日は小豆島から倉敷の阿智神社までの話を2回に分けて書きましたが、
今回は2日目のメインといえる倉敷美観地区でのお話です。
阿智神社から丘を下って、表参道を抜けた所が本町通りです。
倉敷美観地区は、倉敷川沿いの通りを中心に500メートル四方だそうで、
この本町通りも昔からの雰囲気を色濃く残し、とても風情がある場所でした。
ただ、気付いたら次の予定まであと2時間くらいになったので、あまりのんびりできません
本町通りをとりあえず歩いていたら、こんなお店が角を曲がった先にあったので、
どこかの食い過ぎ将軍ではありませんが、食べて1時間位しか経っていないのに、おやつがてらついつい立ち寄ってしまいました。
というわけで、金賞コロッケを戴きました(1個200円)。
揚げ立てで熱かったので、正直何が金賞なのかよく分かりませんでしたが、
結構食べに来ている方がいます。
そういえば、えびす通りの肉屋も、コロッケやメンチカツを求める観光客が多かったような。
本町通りを出て倉敷川の方向へ歩いていたら、火の見櫓が見えてきました。
もとは全国各地、消防団の小屋の隣などにあって、近所にもありましたが、
勝手に登られると危ないのか消えましたね。
ここを過ぎると、倉敷川沿いに出ます。
というわけで、倉敷川沿いに出ました。
川の両側に柳並木があって、土蔵造りの建物が並ぶノスタルジックな街並み。
これぞ「ザ・倉敷」という景観です。
平日の昼過ぎなのに人出は多く、内外様々な方が川沿いを散策しており、人力車や川舟の姿も見られます。
今回有料施設に入るのは時間的に無理かなと思い、とりあえず倉敷川の中橋の前にある「倉敷館」へ。
このしゃれた洋館、1917(大正6)年に倉敷町役場として建てられたそうで、
現在は観光案内所兼休憩所として使われています。
中には飲料自動販売機やトイレ、コインロッカー、Wi-Fiが備わっています。
2階の休憩所へと上がってみました。
こちらからは川沿いの風景を眺められ、暫し風景をのんびり眺めることとします。
川舟は乗り場が向かいにあり、乗る場合はこの倉敷館にある観光案内所できっぷを買うようですが、
20分毎に出ているところ、最終の17時だけ辛うじて空いているという状況でした。
それもしばらくしたら売り切れましたが。
この後、暫し川沿いをぐるっと散策し、川沿いにある廣榮堂というお菓子屋へ。
ここで岡山の銘菓「きびだんご」と「むらすずめ」がセットになった菓子折りを、職場用と自宅用のお土産として2つ買いました。
どちらも有名ですが、「きびだんご」は桃太郎のお話に出てくるので、知らない方はまずいないでしょうか。
川舟が折り返す今橋のたもとにある、「語らい座 大原本邸」の前は、この辺では珍しい紅葉が見られました。
橋の反対側には、美観地区の超有名観光地である「大原美術館」があります。
絵の素養がないので最初から見る気はなかったですが、入ると2千円取られます。
(アレがあれば無料だったのですが)
でも折角来て何も見ないのは惜しかったので、この「倉敷市倉敷物語館」という無料施設だけ入場することにしました。
もとは江戸時代中期(1760年頃)に建てられた東大橋家の邸宅だったそうです。
中へ入ると、結婚記念?の写真を撮っている新婚さんとご家族が2組いました。
そういえば、外国の方でも結婚記念に色々な場所で写真を撮る習慣?が、特に香港あたりではあるみたいで、
そんな写真を撮っている方を美観地区でちらほら見掛けました。
土蔵が二松学舎大学の備中漢学資料室になっているとかで、覗いてみることとします。
二大漢学者として、渋沢栄一(超有名人)と三島中洲という2人の人物から広がる関係図があったのですが、
ここで小林虎三郎だの河井継之助といった長岡藩士の名前を見るとは思いませんでした。
越後長岡藩とは人的交流があったそうで、意外な関係に驚かされました。
そういえば2018年の西日本豪雨で高梁川が氾濫した時、こうした縁が基で新潟県長岡市が岡山県高梁市の支援に乗り出した、ということがあった気がします。
倉敷の歴史の根幹にある北前船の寄港地と船主集落、そして干拓による綿栽培という2つの事象があったことを押さえ、この施設を去ります。
もうこの辺まで来ると、美観地区の出入り口。
そんなに観光客が目立ちませんね。
帰りは倉敷中央通りを通って倉敷駅へ戻ります。
こちらはもうそれなりの規模がある地方都市の近代的なメイン道路という感じで、観光客もあまり見掛けませんでした。
そしてJR倉敷駅へと戻ってきました。
が、次に用があるのはこちらではありません。
これから倉敷市でもうひとつの目的である「鉄活動」をするのですが、
その話はまた後程

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