【収録曲】
1 パレストリーナ(伝):第1旋法によるチェルカーレ
2 フックス:アルペッジョ
3 ハイドン:鍵盤楽器のためのソナタ 変イ長調 �将�:46
4 クレメンティ:序奏・アンダンテ・マリンコーニコ(「パルナッソス山への階梯」Op.44より)
5 ベートーヴェン:12の長調にわたる2つの前奏曲 第2番 Op.39-2
6 ドビュッシー:グラドゥス・アド・パルナッスム博士(組曲「子供の領分」L.119(113)より)
7 ベートーヴェン:前奏曲ヘ短調 WoO55
8 クレメンティ:練習曲第14番 ヘ長調(「パルナッソス山への階梯」Op.44より)
9 モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
11モーツァルト:アンダンテ(ピアノ・ソナタ 第16番 ハ長調 K.545)
12フックス:チャッコーナニ長調 K403-2
13パレストリーナ(伝):第2旋法によるリチェルカーレ
ジャン・ロンドー(チェンバロ)
2021年10月8〜12日,ラ・ショー・ド・フォン,サル・ド・ムジーク,スイス
Erato EAN5054197416170
「グラドゥス・アド・パルナッスム」は「パルナッソス山への階梯」と訳されることが多い。パルナッソスはギリシャ神話の女神ミューズたちが住むとされる聖なる山。この教本で勉強すれば音楽の神が住む世界へ行けるというわけだ。音楽の歴史の中から教本的な作品を書いた作曲家を選んで,パレストリーナから始まりハイドンやベートーヴェンを経てドビュッシーで頂点を極め,再びベートーヴェンやモーツァルトを経由しパレストリーナへと降るルートに沿って各作品を並べたのがこのディスク。このCDを企画し,演奏しているのはジャン・ロンドー。1991年パリ生まれのハープシコード奏者。パリ国立高等音楽院でハープシコードと通奏低音を修め,その後いくつかのコンクールで第1位などを受賞する。
このアルバムを聴いて「音楽の神が住む世界」へ行けるかどうかは措くとして,ハープシコードのポテンシャルを最大限引き出した優美な音楽を楽しむことができるのは間違いない。その最大の要因はフランスの演奏家が弾いているからということになりそうだ。フランスのハープシコード奏者の好ましい側面がこの1枚のCDに凝縮されている。
ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェンやドビュッシーなどの作品は普通ピアノで演奏されることが一般的であるが,このディスクでは彼らの作品も例外なくハープシコードで弾いている。使用楽器が統一されていることがこのディスクに収められた楽曲の演奏に決定的な役割を果たしている。ピアノのために書かれた作品をピアノで演奏したならば,どれほど演奏に工夫を凝らそうがこれほど優美な演奏を披露することができなかったであろう。古典派や後期ロマン派の時代に書かれた作品もハープシコードで演奏することにより,ルネサンスやバロックの時代の楽曲と同じ地平で演奏しているような雰囲気が強くなり,「ミューズが住む」同じ世界に誘われる効果が生まれる。そもそもそのような世界を表現するためには,ピアノよりもハープシコードの方が適しているのではないか。長い期間にわたって磨き上げられた艶のある透明感,優雅な響き,そしてある種の明晰さを表現するにはこの鍵盤楽器が有利なのだと思う。
このCDに収められた演奏を特徴づけるもう一つの要素は,草書体風の演奏スタイルを採用していること。楷書体の演奏方法と比べるとかなり崩した書体の演奏で,それゆえ優雅な雰囲気の演出が容易になるメリットがありそうだ。この草書体の演奏はピアノのために書かれた作品とハープシコード用の鍵盤音楽とのスタイルの違いを乗り越え,ミューズの神が住む同じ世界を演出する上でとても有効といえる。ドビュッシーの「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」やモーツァルトの「ピアノ・ソナタ第16番」の第2楽章などはもちろんオリジナルの形態は留めているものの,かなり「大胆に改変」されたように聴こえるのも事実だ。だたし,それは原曲が持つ優美な面を強調したルネサンス風の変更のように聴こえる。このCDを聴くまで未知だった他の作品でも,「音楽の神が住む世界」を表現する目的でこの種の改変が施されているかも知れない。そして,それはフランスのハープシコード奏者,ジャン・ロンドーがイメージする「グラドゥス・アド・パルナスム」だ。
こうして出来上がった「グラドゥス・アド・パルナスム」は,この上ない美しさをたたえたフランス趣味の世界でもある。隅々まで透明感に満たされた世界であり,明晰この上ない世界でもある。また,時間がゆくりと経過する平安に満ちた,波乱とは無縁の世界ともいえる。そこで流れる音楽は聴く者の気持ちを満たし,永遠に続くかと勘違いしかねないほどのあふれんばかりの幸福感を与える。かといって,退屈な音楽が流れてくる訳ではない。常に変化して止まない,興味を唆る音楽が続く。このCDで聴くことができる音楽は,ジャン・ロンドーが究極的な目標として目指す音楽なのだろう。多くの音楽好きが音楽に求めているものでもある。
このアルバムを聴いて,人類が理想とする音楽のひとつを知ることができたように思う。個人的に音楽に求める新しい理想が加わったことをも意味する。おそらく,それはフランス人をはじめラテン系の国々に住む多くの人が,音楽に求めている何かを表現しているような気がする。
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