mixiユーザー(id:7846239)

2023年05月21日16:44

70 view

J.S.バッハ:『平均律クラヴィーア曲集第1巻』(シュタイアー)

【収録曲】

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV846~869(全曲)

アンドレアス・シュタイアー(チェンバロ)

2021年4月&6月,テルデックス・スタジオ,ベルリン
Harmonia Mundi HMM902680(セッション)


ドイツの鍵盤楽器奏者,アンドレアス・シュタイアーが弾くバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻のCD。シュタイアーはチェンバロやフォルテピアノなど古楽器演奏のスペシャリスト。ムジカ・アンティクワ・ケルンの一員としてキャリアを開始する。現在は独奏者としてドイツの古楽アンサンブルと共演,あるいは他の古楽奏者と一緒に室内楽の演奏などの活動を続けている。これまでベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタやピアノ・トリオ,シューベルトのピアノ・トリオや即興曲集のほか,バッハのゴルトベルク変奏曲,チェンバロ協奏曲集,平均律クラヴィーア曲集第2巻などのCDをリリースしている。

シュタイアーの平均律第1巻を聴いていると,つい抽象的な現代絵画を連想する。平均律クラヴィーア曲集にも,これほど現代的な側面があるのかと驚く。「抽象」というフィルターを通して見た平均律からも,バッハの音楽の魅力が伝わってくる。それは現代という時代の眼鏡を通して見たバッハであるが故に,聴く者の胸により一層強く迫ってくるのだろう。

このCDに収められた演奏がモダン・アートだとすると,画面を構成する要素の大半は直線。シュタイアーは,対位法を用いて書かれた平均律クラヴィーア曲集第1巻の線的な要素を大胆に単純化する。まず,メロディー・ラインが持つ和声の幅を大胆に圧縮して,主旋律が細い一本の線であるかのように表現する。さらに,絡まりあう複数の旋律線さえ一本のメロディーに還元するかのような思い切った単純化を行っているようにさえきこえる。したがって,このディスクを聴いていると,上あるいは下に傾いた直線で構成されるスコアのようなシンプルなイメージが浮かんでくる。とはいえ,その単純化された線の背後に多様なニュアンスが込められていることも確かで,それを解明したい誘惑に駆られてスピーカーから流れてくる音に集中してしまうのも事実だ。

第1巻の最後,ロ短調で書かれた第24番のプレリュードとフーガ。シュタイアーは,この曲ではテンポをやや落とし,他の曲よりゆっくりと弾く。メロディー・ラインをくっきり浮かび上がらせるような弾き方をして,メロディーそのものに聴く者の注意を向ける。対位法が整理された明快な音楽が聴こえてくる。

演奏するときのテンポが速めであれば,抽象化された演奏という印象を与えるのに一役買うことができる。速いテンポで弾くとメロディー・ラインを構成する音の密度が高くなるような印象を与え,より均質性の高い旋律で曲が構成されているというイメージが生まれやすい。それに加え,テンポを一定に保っているという印象を与えることができれば,その均質性はより高まることになる。どこを取っても同じ質の線で構成された曲は,抽象的であるように聴こえがちだろう。そのような要素で出来あがった音楽の全体像は,ガラスと鉄とコンクリートでできた現代建築のような人工的で抽象的なイメージと重なり合うのではないだろうか。

第12曲のフーガでは,ピアノで弾いた演奏と比べてテンポは速いと感じる。速いというより,ややせわしないという方が正確か。メロディーに焦点を絞ることで,一音一音の個性は消え去り,線で構成された音楽という印象が強くなる。一定に保たれたテンポもこうした印象を一層強くしがちである。

音量に関しては,かなり強烈なコントラストで演奏し,バロック音楽であることを表現する。当然,曲ごとに演奏する際の音量は変化が大きい。この曲集に含まれる24曲のうち,小さな音量で弾かれている曲もあれば,比較的大きなボリュームで演奏されている曲もある。そればかりか,同じ曲であってもプレリュードとフーガで演奏する音量を大胆に変えている場合も少なくない。どちらかといえば,曲ごとの音量の違いよりは,ひと組のプレリュードとフーガの音量の差の方が目立つ。これほど大きな強弱の差をつけた演奏を聴くのは初めて。もちろんチェンバロで演奏しているので,ストップの操作によって変化をつけている。しかし,ストップの操作によって変化に富んだ多様な音色の変化も付随的に生じるので,使う二段鍵盤によるボリュームの違いを超える変化が生じている。とはいえ,強と弱の二段階の変化が音量対比の基本。強と弱のコントラストによって,シュタイアーはバロック音楽が持つダイナミズムを印象付ける。

例えば,第1曲ハ長調BWV846。プレリュードの音量はかなり小さい。なので自然に全神経を演奏に集中させ聴き入る。反対に音量の大きなフーガでは全身の緊張を解いてリラックスして聴くことができる。曲の性格を誇張して演奏しているのだが,聴く者をチェンバロの演奏そのものに向き合わせる弾き方にもなっている。シュタイアーの術中にすっかりはまってしまう。チェンバロ奏者はストップを駆使するなどして,多種多様なヴォリュームでそれぞれのプレリュードとフーガを描き分けてゆく。こんなヴァラエティに富んだ,おもしろい平均律を聴くのは初めて。

アンドレアス・シュタイアーの平均律クラヴィーア曲集第1巻は,現在この作品を弾くことにどのような意味があるのか考え抜いた演奏といえる。つまり現代人の感性にアピールすることを狙って,抽象化の度合いが大きい平均律をレコーディングしたのではなかろうか。単純化した上で,強いコントラストを用いてこの作品をダイナミックに描く。具象的であるより,抽象的であるほうがシュタイアーの内面に強く訴えるのだろうし,いまバッハの平均律クラヴィーア曲集を聴く多くの愛好者の心により強く訴求すると演奏者が確信したのだろう。現時点でドイツの古楽演奏がたどり着いた到着点のひとつといえる。
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年05月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031