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2019年01月23日09:42

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守りの存在―マイミクの体験から―



私たちはどうも一人だけの力で生きているようではないようです。
四六時中、温かく見守ってくれている何かの存在・・・・守護霊、守護神、ご先祖など何かがるに違いないと思います。

とくにイザというとき、ありえないような偶然が集中的に働いて、大惨劇から避けることができたり、大難を小難ですませてくれたという、人知を超えた救いの力を体験された方
も多いと思います。マイミクさんの日記等から、マイミクさんが体験された事例を集めてみました。


◆NANAさんの場合
私も届かないところのものを取ろうと、植木鉢を置く台を踏み台にしたとき、バランスを崩して、どういうわけか、それが冷蔵庫の下の金具に当たり、それが跳ね返って足の裏にささり、ざっくり切ってしまいました。

血がどば〜っと流れ、娘と夫を呼んで、応急に肉をくっつけるテープ(バンドエイドでは間に合わないので)を買ってきてもらいました。病院に行くためです。

待っている間、いままで当たり前に歩かせていただいていたことに感謝し、私の体を支えていてくれた足に感謝しました。

手をかざして、ありがとう と唱えていると、血が止まり、痛みもなくなりました。

救急病院にいき、消毒液に足をつけたとき、医者に痛みのレベルを聞かれました。

ほとんど痛みを感じなかったので、返答に困っていると、赤ちゃんを産んだ時の痛みを「10」で考えて・・・と言われた。

でも、赤ちゃん産んだ時も、楽しんでお産婆さんにあげてもらったから・・・

う〜ん・・・しょうがないから、2ぐらいっていったら、そんなはずはない、
今、「7」くらいの痛みがあるはずだ・・・といわれ、13針縫うから、今夜は地獄の痛みになる、って脅かされたんだけど、すべてに感謝を捧げていたら、そんなに痛まず、
2〜3週間で抜糸と言われたのも、1週間目でできました。
ホントに、感謝の力が肉体に及ぼす影響ってすごいと思います。

◆るかさんの場合

今18の娘が幼稚園だったとき幼稚園の送迎バスに乗り遅れ、愛車シビックに乗って追いかけました。朝強い雨が降り路面は濡れておりました。
大きな坂を上って、下りに入ったところで バスが坂ノ下で停まっているのを見ました。

その手前に赤の軽自動車がすっと入りました。 わたしはブレーキをかけて車を止めようとしましたが、ブレーキが利かない!! ハイドロ.....現象というのでしょうか。まったく利きません。

ぶつかる!!と思った瞬間 思わず 神さま!!とこころのなかで叫びました。
その瞬間 ふわりと車は止まりました。下り坂を走ってきたのに!?

熱に浮かされたように 降りてみると赤の軽自動車とのすきまはわずか5mmしかありませんでした。

その数年後にも 車検時、ブレーキオイルの蓋の閉め忘れで同じようなことが起こりました。ふかふかしてブレーキがまったく利かない。前方に信号で停車中の車!!
そのときも九死に一生を得ました。

なにが守ってくださったのかわかりませんがありがたいことです。不思議な体験はたくさんあります。

見えない世界があって それは現実と呼ばれるこの仮構の世界とつながり わたしたちに影響を与えます。

良いものばかりではありませんが、たしかに何かより高きものに見守られているように思います。
そのことにこたえて、為すべきことを楽しんで為したいと心から思います。

◆ψエリザベスψさんの場合
メキシコのジャングルの、がたがた道 夜に走っていました、主人の運転で・・・100キロの速度 ・・・
道は悪いが広く車もほかになく、本当にジャングル横断道路でした
突然、後部座席にいた私と娘が宙を舞いました(20年近く前のメキシコにはろくなチャイルドシートがない)頭を車内の床?にぶつけ 無意識に娘を抑えようとしても駄目
なすがまま ・・・

しかし、心で、無意識にお題目をあげていました。
車は何回転もして崖から落ちました。 大破です。

でも、主人が腕をぐさっと血が出てるだけ(今も傷跡は残るけど、たいした血ではない)
野犬の遠吠えがする中、 崖を主人が一人で上り助けを求め何時間も車がなかなか来ないし
3台目を逃したところで 、私も娘と車を止めに加わると
一台のトラックが。
「ここはゲリラが多いから、旦那だけだとゲリラと思ってとまらない(主人はメキシコ人そっくり)女子供がいて、事故と思ってとまった」

ところで、事故翌日、現場へ行くと タイヤから私の語学の本からティッシュまでない。

同じくこの3年前、駐在員の家族が崖から車で落ち 助手席で奥さんと子供さんが亡くなられているのに どこからかわやわやと集まってきた人たちは 助けないで、泥棒だけした・・・

私たちは、何かに守られた、と感じました。
信仰していない母まで、「あんたたちは信仰で助かったんだね」と・・

◆しずくさんの場合
去年のゴールデンウィークの高速の追い越し車線を走行中、 タイヤがパンクして・・・
車がいっぱいいたのですが、左車線にスーと入れて貰えて、待っていたかのように 駐車スペースがとられている処で停止し、事故も怪我もなく・・・。

タイヤだけは真っ白な煙をいっぱい出していて、大きな亀裂が 危険が迫っていたのを物語っていました。

本当におかげ様だと思います。 因みにこの日は、姑の命日でした。ありがとうございます。

◆みいちゃんの場合

単車で時速50km/hで走っていて、生セメントにぶつかり、車ごと自分が高く空中に跳ね飛ばされました。

飛んでいる時間は、わずか、数秒なんでしょうが、その数秒間に、今まで自分が生きていた出来事が走馬灯のように出てきたんです。

それを見終わって、いよいよ、自分が落下するとき、何かしら無事に着地ができたんです。

飛び込み前転の状態で落ちたのですが、背中着地で滑ってセーフでした。

救われた命と思って、少しでも、自分のできる範囲で世の中のためになることをしよう、自分なりに思って行動をしています。

この方は3年前にも、名神高速を走行中、接触事故で車がクルクルと数回回転、大事故と思われましたが、車のバックミラーの破損だけですり傷も負わなかったという奇跡的な対験もされています。いつも強い守りの力が見守っているに違いないと思います。


◆陽だまりさんの場合
私も子供のころ交通事故に3回、目のけがも あと0.5�估靴剖瓩�ったら失明していたという間一髪の出来事がありました。

自転車にひかれ、車に飛ばされ、母と乗っていた車が踏切でそのままずるずると線路に侵入し、やってきた汽車に引きづられたり、こんなどんくさい私でも見守ってくださっている存在があるのでしょうね。


◆月影さん

わたしが原付バイクを乗り始めた16歳の頃の道交法では原付はヘルメットも不要でしたし、リミッターが付いていなかったのでスピードも100キロは出せていました。

そんな時代に走っていたわたしのバイクの前に、客を拾おうとしたタクシーが急激に割り込むように停車しようとして来たのでした。
今でもその時のスローモーションのような場面をハッキリと憶えています。結果、わたしはバイクから飛ばされて丁度車3台分(約13メートル)ほど空中を飛んだのでした。

前周り受身は取ったものの数回転してしまい、流石に顔や肩や足にも凄い傷が付いて血まみれになってしまったのでした。

しかし、すぐに立ち上がったわたしに、タクシーを拾おうとしていたおばさんが「立っちゃダメ〜!」ってヒステリックな声を挙げていたのまでは憶えているのですが、そこから先の記憶が全くないのです。

再び記憶が戻ったのは反対車線側にあった病院で看護婦さんにズボンを切り刻まれていた時なのです。(笑)
「誰だ、この女は?何をしているんだ?」と思ったのをハッキリと憶えているのです。

後から聞いた話では、わたしは自分の足で歩いてその病院まで行ったそうなのです。意識のないままにね・・・

後から事故の状況見分を警察官に受けた時に、わたしが転がった場所の数センチ横には道路工事用のショベルカーが止まっていて、そのショベルの尖った部分が上を向いていたのでした。バイクの木端微塵ぶりから考えるとあの時に死んでいたって不思議ではなかったのです。

運命とはそういった僅かの差で大きく変わってしまうものなのだと感じてしまいました。

今のわたしには、それが誰かに何かに守られていたのだと思えるのです。
不思議です。ほんの砂粒一つ違っていたら、運命は変わってしまうものなのですからね
そんな事を思い出すたびに、全ての出来ごとに感謝しなければいけないと思っているのですよ。

◆味噌猫さんの場合
私はかなり本当にいっぱい助けられています。
何回も天国に行っていてもおかしくないくらいたくさん!

小学5年生の時、友達と二人で川越市に遊びに行こうと当時、単線で1時間に2本上り電車が来ればよい頃でしたので、乗り遅れまいとして走ってホームに行きました。ところが、ホームに電車が入ってきたとたんです。

足に根が生えたようになり、気持ち悪くてどうしても乗りたくなくて、友達と半ば喧嘩になりながらも言い争っていたのですが、しまいには脂汗が出てきて、顔が青ざめてきたらしく、それを見ていた友達も、ビックリして、次の電車に乗ろうと言ってくれました。

次の電車が来た時は、何事も無かったように元気になり、出発を待っていましたが、時間が来ても発車しません。

そして、車内アナウンスが流れて「先程先発した電車が先頭から脱線したため・・・・・」というではないですか。ちょうど私達が乗ろうとした車両まで脱線していました。

さらにあります。中学の時、朝刊配達のアルバイトをしました。
その時も自転車が思うように走らず、小さな道の丁字路を曲がる少し前に猛スピードの車が走り抜けていきました。
もし自転車が思うように走っていたら、大事故でした。

高校の時は、通学中、路線バスの一番後ろの真ん中よりに座っていましたが、何となく動きたくなって左端に避けた瞬間です。 その瞬間、後ろから来たトラックの先まで飛び出して積んであった木材がバスの後部ガラスを突き破ったのです。
ボロボロと飛び散ってきたガラスとともに、私の右ほほの丁度横のところへ、木材が飛び込んできたのです。
もし、あのままおなじ場所に座っていたら・・・・・等々

小学1年生の時、ある遊園地の乗り物に乗っていました。
すると、耳元で心に響く感じで、
「あぶないよ〜!あぶないよ! 両はじにつかまらなくちゃ、つかまらなくちゃ!」と、
ささやきかける声がありました。
本当に心地よく優しい声で、メロディーのようなささやき声でした。

子供ながらに「一人で乗ってるのに・・・・?」と不思議に思い周りをキョロキョロしていますと又、
「ほら、あぶない!つかまらなくちゃ!」と今度は強い声で聞こえてきました。

ビックリして「うん!」と言って、
手すりと安全ガードが一体になっていたガードから手を離し、両サイドの手すりを思いっきり握った瞬間です。

ガチャン!と外れたのは、そのガードでした。
もし、ガードをあのまま掴んでいたら、私はまっさか様に落ちて、乗り物のローラーに挟まれて大怪我?・・・・・、いや天国行きだったでしょう!

数えるとビックリするほどあります。だから私は何かをするために生まれてきたのだろう!だから、守られているんだなということを人一倍感じていました。

だから、私はたくさん守られてきていたんだ、と実感し確信を持ちました。だから、偶然生きているのではなく生かされている。








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