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2018年11月09日07:52

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紙を発明したのは支那ではないww

一帶一路の嘘がまた一つ暴かれた 2000年前、既に葡萄酒釀造法を輸入
二〇一八年一一月七日

葡萄の美酒、夜光の杯。飲まんと欲すれば琵琶、馬上に催す。

古來、葡萄も琵琶も、西の文明が東漸した象徴の一つである。
漢の張騫は西方へ出使し、樣々な文明を學んだ。
東洋は教へを受ける側であった。
漢乃至更に古くから、所謂シルクロードは西の文明を東に運んだ。
「一帶一路」の政治宣傳では、
あたかも東風が西風を壓倒してゐたかの如き
https://www.bbc.com/zhongwen/trad/chinese-news-41164655
逆方向の嘘の歴史を唱へてゐる。

今、葡萄酒の出土により、その嘘がまた一つあばかれた。
漢の時代、既にチャイナは西方大文明の
影響下の小文明に過ぎなかったことが、
今度の葡萄酒の發見からも分かる(下方にニュース轉載)。
勿論、葡萄は西の植物であり、葡萄紋、葡萄酒、
など全て西の文化である。

古代の文物は、どこが起源なのか分からないものが多い。
分からない場合にそれをチャイナ獨自の文化だと
宣傳するのが彼らの勝手な理屈だ。
しかし例へば兵馬俑の馬車はあまりにも希臘に似てをり、
西方文明の影響を濃厚に感じさせる。
葡萄酒の出土により、漢代の紙の製造も
西方のパピルスから改良されたと推測するのが
ますます確實性を帶びる。

チャイナ四大(しだい)發明の一つが紙だといふのは眞っ赤な嘘である。
前漢時代の現存最古の紙は、甘肅・ウイグル・陝西など
全て現チャイナ統治域の西部から出土してゐる。
紙の技術がシルクロードを通じてチャイナに
持ち込まれたことはほぼ確實であらう。

なほ、シルクロードは乾燥してゐるから保存された
https://dtp-bbs.com/road-to-the-paper/column/column-030-2.html
と、研究者は言ひわけしてゐるが(リンクは一例)、
同じく腐り易い帛書(はくしょ)が湖南省で大量に
出土してゐる。戰國の楚國から多く出るが、
特に前漢の馬王堆(ばわうたい)は耳にした人も多い。
湖南省は地質が腐敗しにくいとされる。
木簡も湖南省から多く出土する。
されば湖南省で出土しない前漢の紙が
陝西・南モンゴル・甘肅・敦煌から出土するのは
西のパピルス文明の東漸と考へざるを得ない。

ラテン語のPapyrusはそのまま英語のPaperであり、
名稱が變はってゐない。新たな名稱が生まれるほどの
革命的進歩があったわけではないことが分かる。
パピルスの悠久の歴史の中のひとこまが、紙であるに過ぎない。

發明といふならば、最大の筆記革命はパピルス製造法の發明だらう。
それ以前は粘土板、牛骨、金石、木簡、竹簡、布などが
書寫媒體であった。そこから全く異なる概念に飛躍したのが
パピルスであり、紙はその影響下の改良の一種に過ぎない。
http://senkaku.blog.jp/2018110778099753.html
古代エジプトで発明されたパピルスがペルシャ帝国を経てシルクロードに乗り支那に伝わったのが事実です。
古代から支那人は他人からアイデアをパクってたんだねw

この事実を支那系のネットに掲載したら支那人発狂だね。
人目に付く前に北京政府が処分するだろうけど^^;;
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