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2018年07月27日21:46

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自動車で人を轢いたら「人は死ぬ」


 二日連続での「夕立」
 昨日の雨で、昨夜は随分過ごしやすくなった。
 恒例となっていた、夕方の庭への水撒きもしないで済んだので、雨が降ってくれるのはとても助かる。
 今日も雨があって、今はだいぶん室温も下がって、とてもありがたい。

> 豊田さんはサリンの危険性を抽象的にしか知らなかった。

 政府転覆を謀って、霞が関に毒ガスを撒き、無差別大量殺人を実行したテロリスト、が今更こんなことを言っても何の説得力もない。
 自動車を運転する者なら、人を轢いたら人は死ぬ。と分かっている。
 
 まして、人を殺そうと意志をもって、毒ガスを使っているのだから、言い訳もいいところである。
 ナチスが塩素ガスを使って無差別攻撃をした、とか普通に学校で習う事項だし、それ故毒ガス兵器の使用は、戦争であっても禁止されている。義務教育しか受けてなくてそんなことは「知らなかった」と言えば、多少同情もするが、大学を出ていたら言い訳にはならんだろう。

> 死刑は何の解決にもなりません

 そう、死刑囚の命を絶っても、死んだ人が生き返る訳ではない。そういう意味では死刑執行は何かを解決する手段ではない。
 では、なぜ、どうやっても取り返しのつかない「殺人」を実行したのか?
 やる前に「とどまる」という心がなかった。

 自分たちの 「私利私欲」 で、何の関係のない人たちを大量に殺した、その身勝手さ、を悔いよ。しかし、どれほど悔いても、死んだ人は戻らない。今でも毒ガスで苦しみ続けている人に、一体、あなたに何ができる?

 記事の最後につづられている言葉さえ、自己中心的な言葉でしかない。

 
 人を殺せば、裁判で死刑になることは分かっていてテロを実行したのであるから、死刑は甘んじて受けるべきだろう。



> 被害者との手紙などの交流を望んでいた

 とか、傲慢ちきもいいところである。
 現代の日本では犯罪者にも人権があるので、罵声を浴びせられることもない、もしこの人間が白昼人前に出て来て、無条件に言いたいことを言う会、を開いたら、
 恐らく、浴びせられる罵声で数日持たずに死に至ることは必至である。なぜなら、集まった人が、犯人に水を飲むこともトイレに行くことも許さないだろう。
 そんな目に遭うこともなく、せいぜい自責の念で苦しむだけ、とか

 「社会の温情をたっぷり受けたのである。」

 自分のやってしまったことの重大さすら認知できていない死刑囚は結構幸せ者なのかもしれない。

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http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5219348

 オウム真理教の教団元幹部ら13人の死刑執行について、元死刑囚の支援者や市民団体などが27日、コメントや執行前の言葉を明らかにした。地下鉄サリン事件の実行役の一人だった豊田亨元死刑囚(執行時50歳)の弁護団は再審請求中の執行について「暴挙と言えるもの。彼を死刑にする必要が本当にあったのか」と疑問を呈した。

 弁護団は、本人の「自分が生きているだけでご遺族に苦痛を与える」との考えを踏まえ、これまで取材には応じていなかった。「豊田さんはサリンの危険性を抽象的にしか知らなかった。教団の教義の問題性に気付き、再犯のおそれもなかった」と執行を批判した。

 市民団体「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」などは27日夜、東京都内で抗議集会を開き、同団体が今年実施した死刑囚へのアンケートに、新実智光(同54歳)、早川紀代秀(同68歳)の両元死刑囚が寄せた回答を明らかにした。

 新実元死刑囚は「死刑は何の解決にもなりません」と記し、被害者との手紙などの交流を望んでいた。早川元死刑囚は「獄中での瞑想(めいそう)は、心に平安と、身体に強烈な歓喜をもたらしました。事件を起こさず、人々を苦しめずにこうなれたらよかったのにと思います」との心境をつづっていた。2人の回答には被害者に直接向けた謝罪の言葉はなかった。【伊藤直孝】
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