理由は、「ファンだったから」。以上。
特に、『星の金貨』『ひとつ屋根の下』の頃の彼女は、ルックスだけから言えば(僕にとって)100点、理想の具現化であって直すところが無かった。
「応援する」という理由は以上。と言ったって、「がんばってね」と「思う」だけだけど。
それにしても、日記など見渡してみると、(おそらくは本人も)予測した以上のネガティブ反応ですねえ。
もっとも、僕が彼女のファンではないとしたら、まあだいたい同じような感想を持ったような気もします。「ダメだ」「不適格だ」までは言わないにしても、「大丈夫かよ?」と。
彼女がこの「仕事」を果たせるのか? という意味と、また何か問題起こして、大使に起用した団体そのものや責任者が、ものすごい非難を浴びるのではないか、そんなリスクを取るだけのメリットが団体にとってあるのか。そういう意味で「大丈夫かよ?」と。
もしかして、ここのエライ人、僕以上ののりピーファンなのかな? なんて。
僕がその(任命責任者の)立場だったら、いくらファンでもそんなの危なっかしくてとても無理。心情的なことと仕事(責任を伴うこと)とは完全に分けて、断じて心の中で応援するにとどめるでしょう。
彼女を起用して(退任後も含めて)問題が起こらなかったとしても、「彼女でなければならない」という理由、リスクを冒すだけのメリットが、どうにも見つかりません。まあ、こうしてメディアに取り上げてもらえることくらいかな。ブラックユーモアとして。
ただ、ファンであるから個人的に「ガンバレ」と思うこと、とは言え「自分だったら」「絶対起用しないよな」と考えることとはまったく別の視点から。
「禊ぎ」ってなんだ? という問題はあるが、直接被害者がいる種類の犯罪ではないし、法によって裁かれた以上、責任は果たしている。
そういう人にチャンスを与えること、偏見を排することは、本当は必要で正しいことなのかもしれないと、冷静に、公平に、第三者的に考えると、少なくとも「本来は」「理屈の上では」「理想論としては」そういうことなんじゃないかな、とも思う。
起用した人(団体)の、「本当の」意図や背景を聴いてみたいもんです。
酒井法子、子ども健全育成大使就任 大役に葛藤も「私にできることがあれば…」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=5205063
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