観てないから知らないけど、気になる(とても強く気になる)のはこの一点だけ。
「たぶん、してないんだろうなあ」と思って。
「号泣」の「号」は、「号令」「怒号」のように、「大きな声を出す」こと。
私が生涯一度だけ(子どもは別として)目にしたホンモノの「号泣」は、野々村議員の「号泣会見」。
あれが、私の知る限りあれ「だけ」が、本当の「号泣」。
他の、マスコミ等で広く誤用されているのは「泣いた」り「激しく泣いた」り、たしかに涙は出ているけれど「エンエン」「ワンワン」「オイオイ」と声を出してはいないので、これは「大袈裟な」表現ですらなく、「間違った表現」。
私がこの10年で見聞きした、おそらく100回を超える「号泣」という表現のうち、検証できたもので本当に「号泣」していたのはこの一例だけで、他はひとつ残らず「嘘」「誤用」でした。
「言葉は変化する」という愚にもつかない言い訳をしながら(その命題そのものは正しいが)言葉の「誤用」を推進、弁解、擁護する人達が多い。そして「間違い」「誤用」が
「言葉の変化」につながるということは、たしかに現実問題としては頻繁に存在するから、分析としては正しい。
ただ、そのことは「現時点での誤用、間違い」を正当化する理由には決してなり得ない。
ただ単純に、「今、最近、間違う人増えてるよね」に過ぎない。それはたしかに「変化の過程」ではあるかもしれないけれど。
で、万一本当に岡村氏が「号泣」していたのなら謝りますし、それならその映像、是非観てみたいなあと思います。
『めちゃイケ』岡村号泣の最終回 さんま“ダメ出し”で22年の歴史に幕
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=5051615
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