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2016年08月03日21:51

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罪を憎んで人を憎まず

罪を憎んで人を憎まず

今回は犯人は植松容疑者だとほぼ断言できよう。
(複数犯の可能性がゼロとは思えないが)

犯行は計画的で残忍。
どこにも同情の余地はない。

では、植松容疑者はどう行動すべきだったのか?
これは難しい問題ではあるが、
福祉施設を仕事先に選んだことが間違いだったのだろうと思う。
職業選択ミス、ともいえるが
彼に他にできる仕事があったのかどうかはわからない。

様々な職業にコンプレックスやあこがれがあって、
色々な顛末の末就職したのだろうが、
そうであったとしても、20代の若者が一からやり直す方法はいくらでもあったはず。

誰かが、彼のためを考えて、適切な助言を与えていれば、こんなことにはならなかった。
勿論、一からやり直す、と言っても時間もお金もかかるのは当然だが、
少なくとも、まじめに働こうという若者に、そうした環境を整えられないほど、
日本の社会は整備されていないわけではない。

彼に働こうという意欲そのものがなかったかもしれない。
また、両親と距離があったことを考えれば、
そうとう深い問題が彼自身にあったのだろう。

そのようなケースで、命を自ら断つものが多いのも事実だ。
だが、なんとか辛抱して生きていく道を探るべきだった、
希薄な関係だったかもしれないが、友人がいなかったわけでもない。
本当に困っているなら、

 「わらにもすがる気持ち」

で、そのような友人に助けを求めてみることもできただろう。
卒業した中学や高校の先生だって、何らかの手助けをしてくれたかも知れない。

植松容疑者が死刑になろうがなるまいが、私には何の関係もないことだが、
第二・第三の植松容疑者をこの社会から出してはいけない。

直接肉親を殺された人は、彼を憎むだろうが、
その気持ちを、二度と同じ思いをする人を出さないように、
こうした犯罪の防止に力を向けなければならないだろう。

恐らくは、重複障害者を受け入れている施設の仕事を、
進んでやってくれる有能な人材には大きな問題があるだろうと思われる。
多くの病気や怪我のように回復して社会に復帰できるケースと、
重度の障害を持っていて、社会復帰がほとんど難しいケースとでは、
その世話をする人間に求められる精神力は大きく違うはず。

見かけの仕事の難しさや、苦労だけでは計り知れないものがあるだろうと思われる。

同じような環境に置かれている、老人介護施設も多いはずである。
年々衰えるしかない老人を最後まで見送るには、
相当の精神力が必要だろう。
希望とか夢とかを容易に持てない環境なのである。

それでも、そのような重複障害者にだって、味覚があったり、嗅覚・聴覚など何らかの健全な部分もあろう。
毎日の食べ物や飲み物に楽しみを求めたり、
香りや、音楽で癒しを得たりすることも出来よう。
どれほど衰えている人でも、
五感のすべてを失っている、というのは超レアケースなはずである。

そうしたことを考えるなら、
今回の事件から、私たちが学ばなければならないものは大きく二つあるはずである。
一つは、植松容疑者のような顛末をたどる人間を 「ゼロにできる」 社会の構築。
二つ目は、今回事件現場となってしまった、福祉施設で働く人材の向上だろう。

実際のところ、一つ目の方が容易に解決できそうな問題だと思う。
日本で、様々な形で活動する人たちを、もう少し関係づけていくだけで、
困っている人の状況を改善できる社会を作り上げることはできるだろう。

少なくとも、生活保護を受けようと思う人に対して、
単に金銭的なものだけではなく、それぞれのケースに応じて適切な対処をすることはできるはずである。
今回なら、とりあえず当面の収入を確保するために、フルタイムでなくても何らかの仕事をあっせんすることはできたかもしれないし、
そのような対処をしながら、職業訓練的なものを並行できた可能性はある。

どちらかと言うと、二つ目の問題の方が深刻だろうと思われる。
良い人材を得てくるには、それ相応の費用が掛かる。
雇っている人たちが、仕事に忙殺されないようにするには、頭数を増やせばよいのだが、
問題は、そんなお金がどこにあるか、である。

そうした、費用を捻出することが必要だが、
日本では老人の数はどんどん増える。
障害者だけでなく、老人介護にも同じような対応を、と考えると社会が破たんする。

植松容疑者の犯行が許されるものではないが、
その社会の破たんが、「最悪」 のケースで表面化してしまった一例ともとらえることができる。

施設で働いている人に過大なストレスを与え、そして、短絡的ではあるが、
ストレスから導かれたひずんだ考えを、正すことも出来ず。
単純に、「解雇」 という対応では、間違った方向で恨みを買ってしまうこともある、ということだ。

この例は、雇用関係だけではなく、
様々な人間関係で、割と良く見られる。
おおよそ、世の中の殺人の多くは、
人間同士の軋轢から生じた、
かなりどうでもいい感情から引き起こされている。
冷静に考えれば、殺人などをせず、
そんな人間関係はすっぱりあきらめて、
新しい付き合いを創ればよいのだが、
現実にはそうはならない。

こうした事例を考えるなら、
地域ごとに、困ったケース、で相談できる窓口が欲しいし、
その窓口から、適切なカウンセリングにもっていかなければならない。

殺人、という最悪の結果を回避する社会システムの構築は急務だと言える。
だが、被害者が、そう思うかどうかは別問題である。
多くの遺族は、植松容疑者が死刑になることを望んでも、
そのような、ひずんだ考えをもってしまった人をいかに救済するか、までは心が及ばないだろう。

同じことが繰り返されないように、
まず、手を付けるのは、地域社会に根付いた、相談窓口の設置や、
その状態に応じた、社会の受け入れ態勢の構築が急務である。

社会的弱者同士が憎みあってみても何も解決はしない。


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犠牲の姉「一生懸命生きてた」 相模原殺傷、無念の遺族
前田朱莉亜、国吉美香2016年8月2日08時04分



 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件で、亡くなった女性の家族が朝日新聞の取材に応じ、「彼女なりに一生懸命生きてきた。絶対に許せない」と語った。事件は2日で発生から1週間となる。

特集:相模原の殺傷事件
 7月26日午前6時ごろ。横浜市の男性(86)はテレビで事件を知った。長女(60)が入所している園だった。

 「とにかく来てください」。しばらくして園から連絡があり、次男(57)と駆けつけると、看護師に告げられた。「娘さんが亡くなりました」

 長女は生後まもなく脳性小児まひと診断された。意思疎通が難しい。部屋中を走り回り、自ら壁に頭を打ち付けることもあった。「正直、恥ずかしい、かわいそう、と思ったこともある」と次男は振り返る。

 男性一家はかつて、親戚とともに出身地の関西に住んでいた。「障害のある子がいることで(親戚の)縁談に影響が出るのでは」。長女が10代のころ、神奈川県に住まいを移した。

 施設を探し、長女が園に入って30年以上。男性は月に1度の面会の時、いつも名前を呼びかけて手を握った。「元気か?」。返事はないが、笑みを浮かべているように見えた。職員から「『来てくれてありがとう』って思っていますよ」と言われた。

 毎年夏の園の盆踊りは、2人で並んで座って見た。ふわっとしたような穏やかな表情だった。「いい気分だね」と長女の肩に手をかけ、踊る人たちを眺めた。

 7月10日も、面会の日だった…


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相模原殺傷 容疑者の父が謝罪
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4126345

 相模原市の障害者施設殺傷事件で逮捕された植松聖(さとし)容疑者(26)の父親が、勤務する東京都内の学校の校長を通じ、「息子がとんでもないことをしてしまいました。申し訳ございません」とのコメントを出した。

 学校で2日夜にあった保護者向けの説明会で明らかにされた。説明会には保護者ら約200人が出席。校長が父親と電話でやりとりした際のコメントを紹介したという。学校によると、父親は事件後は休職している。【森健太郎】
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