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2016年04月28日12:15

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4.28 沖縄「屈辱の日」に想う

自民・稲田朋美氏が靖国参拝
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3968997

<社説>4・28「屈辱の日」 自己決定権回復を誓う日に
 奄美を含む南西諸島、小笠原を日本から分離する1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効から64年たった。
 この日を境に日本本土が独立を回復する一方で、沖縄は米国の施政権下に置かれた。米軍は基本的人権を無視し「銃剣とブルドーザー」によって農地を奪い、東アジア最大の軍事基地を建設した。まさに沖縄にとって「屈辱の日」である。
 同時に自己決定権の回復に向けて県民が行動を本格化するきっかけになった日でもある。「屈辱」の記憶を次代に伝えつつ、沖縄の将来は沖縄県民が決めるということを誓う日としたい。
 講和条約が発効する3カ月前の52年1月、当時の琉球政府文教部長の屋良朝苗氏(後の主席、知事)は全島校長会を開催した。沖縄が日本から切り離される前に、沖縄の進むべき方向を示そうと考えたからだ。校長会は全会一致で「復帰要求決議」を採択した。
 以来、屋良氏は全県民的な支持を背景に、粘り強く日米両政府と向き合い、自治権の獲得と施政権返還を求めた。屋良氏は「沖縄問題の解決の可能性は、全国民の沖縄に対する真の理解と好意の度合いがバロメーターになる」(『回想録』)と考えていた。県民の直接行動と全国民の理解、この二つがかみ合ったとき事態は前進するという考えだ。今でも参考になる。
 日米両政府は現在、米軍普天間飛行場返還に伴う辺野古新基地建設計画を沖縄に強要している。沖縄の民意は県外であるにもかかわらず、安倍晋三首相は、辺野古新基地建設が「唯一の解決策」と繰り返し、思考停止したままだ。犠牲を強要するだけの姿勢では、問題は解決しない。
 翁長雄志知事は国際社会に「沖縄の人権、自己決定権がないがしろにされている」と訴えた。先日、デービッド・ケイ国連特別報告者が日本の表現の自由に関する暫定調査結果を発表した。特に沖縄に言及し、名護市辺野古の新基地建設に抵抗する市民に対して政府が「過度な権力を行使している」と指摘した。世界の目が沖縄に注がれていることを政府は知るべきだ。
 在日米軍施設の73・8%が沖縄に集中し、米軍絡みの事件事故による人権侵害が続く。この理不尽な状態を解消するためにどうすればいいのか。64年たった4・28の日に考えたい。
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社説[講和発効64年]切実さ増す「自治・自立」
 1952年4月28日、対日平和条約(サンフランシスコ講和条約)が発効した。講和条約の発効から、きょう28日で64年になる。
 多くの国民が、占領から解放され独立を回復したことを祝った。東京の学校の中には、校長先生が全校生徒を集め、万歳を三唱したところもあったという。
 沖縄は、住民の意向を聞くこともなく講和条約第3条によって本土から切り離された。米国に統治権がゆだねられたのである。沖縄の人々と本土の住民は「4・28」という歴史的な日の記憶を共有していない。
 講和発効直前の52年3月、第1回立法院議員総選挙が行われ、4月1日から第1回議会が開かれた。行政主席(現在の県知事)を公選で選ぶ行政主席選挙法が可決されたが、米国民政府(USCAR)は布告によってこれを事実上無効にした。
 立法院で可決された労働関係調整法、労働組合法などの労働法制に対しても米国民政府は署名を拒否するよう行政主席に要求し、発効に待ったをかけた。
 憲法、地方自治法が適用され、戦後、県知事を選挙で選ぶようになった本土とは大きな違いだ。
 57年1月、沖縄を訪問した東大総長の矢内原忠雄は帰京後、朝日新聞に一文を寄せ、「沖縄は軍事植民地である」と喝破した。
 今、問うべきは、講和発効から64年たってもなお、米軍基地の集中によって沖縄の「自治・自立」が大きな制約を受けていることである。
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 県企画部が2012年10月に実施した県民意識調査によると、米軍専用施設の約74%が集中する状況について差別的かどうかを聞いたところ、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えた人があわせて73・9%に達した。
 昨年10〜11月に県が実施した意識調査では、沖縄の基地問題は本土の人に理解されていると思うかとの問いに対し、「あまり」と「まったく」を含め、「理解されていない」が82・9%にのぼった。この溝は深刻だ。
 米政府はこれまでに何度か、海兵隊の撤退を検討したことがある。そのたびに引き留めてきたのは、日本政府だった。
 61年に沖縄を訪問したケイセン調査団も、安全保障に寄与し米軍基地を国内に置くことから生じうる政治問題を避けることができるという理由から、日本政府は「沖縄の米軍基地を歓迎している」との見方を示している。
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 いったん成立した条約や日米の関連取り決めは、その運用や解釈が「ほぼ白紙委任的に行政権にゆだねられる」(故本間浩氏)。その結果、何が起きているか。14年10月、日弁連は地位協定改定を求める提言をまとめた。
 「米軍基地や米軍をわが国の法のコントロール(規制)の下に置くことは、市民の生活や人権を守る上でも、また、地域の自然や生活環境を守り、地方自治体の行政を円滑・効果的に行う上で、大変重要なことなのです」
 この当たり前に向かって日本全体が進むことが重要だ。
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上記は、今朝の琉球新報の社説「4・28「屈辱の日」 自己決定権回復を誓う日に」と沖縄タイムス「社説[講和発効64年]切実さ増す「自治・自立」」の全文である。

戦後の日本は、�狹傾沈�維持・戦争放棄・沖縄の米軍統治�瓩箸い�三点セットによって始まった。いわば、日本の天皇制を維持するために、戦後の天皇制が戦前の天皇制と異なるということを国際社会に示すために、現行憲法である『日本国憲法』第九条で�狎鐐菠�棄・戦力の不保持�瓩鳬陲ぁ△気蕕謀�時台頭してきた共産圏に備えるために、沖縄を日本国から切り離し、米軍の統治下におかれたということはよく知られている。

今日は沖縄にとって�犇�辱の日�瓩覆里任△襦�

わたしが注目したいのは、琉球新報の社説「4・28「屈辱の日」 自己決定権回復を誓う日に」にある次の件である。

�狷�米両政府は現在、米軍普天間飛行場返還に伴う辺野古新基地建設計画を沖縄に強要している。沖縄の民意は県外であるにもかかわらず、安倍晋三首相は、辺野古新基地建設が「唯一の解決策」と繰り返し、思考停止したままだ。犠牲を強要するだけの姿勢では、問題は解決しない。/ 翁長雄志知事は国際社会に「沖縄の人権、自己決定権がないがしろにされている」と訴えた。先日、デービッド・ケイ国連特別報告者が日本の表現の自由に関する暫定調査結果を発表した。特に沖縄に言及し、名護市辺野古の新基地建設に抵抗する市民に対して政府が「過度な権力を行使している」と指摘した。世界の目が沖縄に注がれていることを政府は知るべきだ。��

戦前の日本政府は、沖縄を日本本土防衛の�犲里得亅瓩箸靴拭�そして戦後の沖縄はその返還後も、アメリカの�狎鑞�品�瓩箸気譟�日本政府もそのことを案じて受けている嫌いがあるのだ。だから与党のヘイトスピーチ法案でも「米軍出ていけ」はヘイトスピーチに該当するが、「沖縄への中傷」はヘイトスピーチに該当しないとされている。このことからも現日本政府が沖縄を未だに日米安保体制の、そして日本本土の�犲里得亅瓩箸靴討澆討い襪海箸聾世Δ泙任發覆ぁ�デービッド・ケイ国連特別報告者が特に沖縄に言及し、名護市辺野古の新基地建設に抵抗する市民に対して政府が「過度な権力を行使している」と指摘しているのも、このような安倍政権の沖縄に対する�犲里得亅畛襪鮓�透かしてのことであろう。

自民党政調会長である稲田朋美はに「祖国のために命をささげた方々に感謝と敬意と追悼の気持ちを持って参拝した」と言うが、当時の日本海軍沖縄方面根拠地隊司令官であった大田實・海軍少将の下記の電文対して日本政府は何一つ、まともに取り合っていないのではないだろうか。

沖縄県民斯く戦えり

発 沖縄根拠地隊司令官
宛 海軍次官

 左の電文を次官に御通報方取り計らいを得たし
 沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告せらるべきも、県には既に通信力なく、32軍司令部また通信の余力なしと認めらるるに付き、本職、県知事の依頼を受けたるに非ざれども、現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上げる。
 沖縄島に敵攻略を開始以来、陸海軍方面、防衛戦闘に専念し、県民に関しては殆ど顧みるに暇なかりき。
 然れども、本職の知れる範囲に於いては、県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、残る老幼婦女子のみが、相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却せられ、僅かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、尚、砲爆撃下□□□風雨に曝されつつ、乏しき生活に甘んじありたり。
 しかも若き婦人は、率先軍に身を捧げ、看護婦烹炊(ほうすい)婦はもとより、砲弾運び、挺身斬り込み隊すら申し出る者あり。
 所詮、敵来たりなば、老人子供は殺されるべく、婦女子は後方に運び去られて毒牙に供せらるべしとて、親子生き別れ、娘を軍衛門に捨つる親あり。
 看護婦に至りては、軍移動に際し、衛生兵既に出発し、身寄り無き重傷者を助けて□□、真面目にして、一時の感情に駆られたるものとは思われず。
 さらに、軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中に遥かに遠隔地方の住民地区を指定せられ、輸送力皆無の者、黙々として雨中を移動するあり。
 これを要するに、陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫、勤労奉仕、物資節約を強要せられつつ(一部はとかくの悪評なきにしもあらざるも)ひたすら日本人としての御奉公の護を胸に抱きつつ、遂に□□□□与え□ことなくして、本戦闘の末期と沖縄島は実情形□□□□□□
 一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支うるのみなりという。沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。



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