mixiユーザー(id:68662677)

2026年09月23日04:34

32 view

意識の仕組み(253)手放す(134)恐怖その21

あなたは、スピリチュアルの『勇気』とは、自分の身体の命を粗略に扱うような蛮勇とは別のものだとお気づきのことでしょう。

禅宗は、武士階級に深く浸透しました。その理由を鈴木老師は「禅は、ひとたび、その進路を決定した以上、振り返らぬことを教える」ためであり、「生と死とを無差別的に扱う」と述べています。この禅宗の発想は、決して人類の使命と目的にかなうものではないということに、あなたは気づかねばなりません。

他方で、あなた自身の身体を人類の『最高善』に委ねるなら、その時、あなたがタイムスリップして戦国時代の武将であっても、スピリチュアルの『勇気』に達しています。

老師は、北条時宗(1251-1284)のエピソードを取り上げています。次の会話のやりとりは、老師によって推測されたものの要約です。禅宗の師弟の会話としてはあり得るものです。

北条時宗は、南宋より禅の師匠を呼び寄せ修行に励んでいました。ある日、時宗は仏光に「臆病を避けるには、どうすれば?」と聞くなら、仏光は「その病の寄ってくるところを断ち切れ!」と応えます。

時宗:「その病は何処から来るのでしょう?」
仏光:「時宗自身から来る。」
時宗:「臆病は、諸病のうちで私の最も憎むところ、どうして自分から出て・・・?」
仏光:「汝の抱ける時宗という自己を投げ捨てた時、どんな感じがするのか?それを果たし得た時に、余は再び汝と会おう。」
時宗:「いかにしたら、それが出来るのでしょう?」
仏光:「一切の汝の妄念思慮を断ち切れ!」

この創作された会話について。

時宗の存命中のころ、禅の師匠たちは、言葉の断片やイメージの発信源の正体はエゴであり、思考の断片は、メンタルによって運ばれる感情に左右されることを、まだ言葉で示すことは出来ていなかった証拠です。ゆえに仏光は、「一切の汝の妄念思慮を断ち切れ!」とアドバイスするのみです。何故なら『十牛図』の登場まで、暴れん坊のエゴは特定されていませんでした。

この厄介なエゴ(小文字のsで始まるself/小さな自己/自我)の特定は、中国の禅僧達によってその存在(属性)を特定されました顔

ホーキンズ博士は、エゴを『牛』に例え、それを特定し、その暴れる『牛』を手なずけ、そして最後には、その姿を消す様子(較正値600以上)の描かれた『十牛図』の登場からも、おそらく16世紀の頃と述べています。

時宗のエピソードは、明日に続きます。

「これらのヒーリングの類の唯一の欠点は、高い愛のレベルを、放射する能力がある人の近くに居る間は、しばしばヒーリングは維持されます。しかし彼等や彼女等が、自分達自身の意識を高めるそれらそのもののメカニズムを学ぶまでは、癒す存在から人々が離れた時に病気は再発します。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』94頁より)

あなた自身で、ご自分を癒すレベルに達していない時、『愛』のエネルギー・フィールドから離れると、元のネガティブなあなたに戻るのは、当然と言えば当然です・・・顔

ゆえに、波動の高いロザリオ(数珠)や、ホーキンズ博士の原著などを身近に置き、日々触れ、または読むことは、どれほどあなたにとって重要なワークであるか、お分かりでしょう。


0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する