寛永六年(西暦1629年)九月二十四日。
駿河城御前試合――。
眩い白砂の上、真剣を以て行われた試合において、「三戦三勝」を成し遂げた虎眼流。師範代である牛股権左衛門、伊良子清玄、藤木源之助の三名は、その神技を高く評価され、それぞれ六百石の禄(現代換算で、年収約二千四百万円ほど)という、破格の待遇を以て駿河藩に召し抱えられた。
一時期は日ノ本中の浪人たちから「最後の希望」として仰がれ、「臥龍」とまで称えられた駿河大納言・徳川忠長だが、御前試合よりわずか四年後の寛永十年(西暦1633年)十二月六日、誤解と邪推に塗り固められた幕命により、高崎の大信寺において切腹。享年二十八。
主を失った駿河藩はあえなく解体され、歴史の激流のなか、牛股、伊良子、藤木の三名もまたそれぞれの宿命を背負い、各地へと散って行くこととなる。
それから時は数百年流れる。
剛腕無比――牛股権左衛門の太刀筋は、やがて大隅の地へと届き、一撃必殺の『薩摩示現流』へ。
天衣無縫――伊良子清玄の魔の剣筋は、武州の百姓たちへと受け継がれ、実戦の異形『天然理心流』へ。
質実剛健――藤木源之助の実直なる鍛錬は、術理の合理を極め、やがて時代の寵児たる『北辰一刀流』へ。
岩本虎眼が産み出した血を吸い、駿河の陽光の下で爆ぜた剣士たちの情念。
それは歴史の露となって消え去った。
しかし数百年後、彼らの遺した血脈が幕末の京の街で相まみえ、刃となって再び交わるのは――
また別の物語。
虎眼流。
それは安土桃山という戦国の世から徳川泰平の世。
時代の狭間を駆け抜けた『流れ星』であった。
駿河城御前試合・虎眼流無双譚 武神闘宴 ――完――
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