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2026年05月29日08:38

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アイヌと元の戦い。 ギリヤークがアイヌに攻められ、元に救援を求めたことから戦いが始まります。

ただし、その影響は道東(釧路・根室)にも波及し、後世の伝承や歴史意識に影響を与えています。
50年近く続きました「北の元寇」と言われています。
九州の元寇(文永・弘安の役)と同時期、北方でも戦いが続いてたと言う事です。
目的は 交易品(特に弓矢に使う鷲の羽・鷹)の確保。
その中でもオオワシの尾羽は日本の武士階級にとって最高級品で、莫大な価値がありました。
主に樺太(サハリン)に住んでいた ギリヤーク(ニヴフ)とカラフトアイヌ(骨嵬=クイ)と援軍に来た元軍の戦いのことです。

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アイヌの友人を複数持つ私、その一人の友人に紹介されてアイヌのエカシの所で仕事をするようになったのですが、ある日そのエカシから話しかけられて「アイヌは元と戦ったことがある。
元との戦いは九州だけでなく北の地「ウレシパ・モシリ」【互いに育み育て合う・大地】にも来て居て、アイヌは戦い追い返した。」
そして、これを見なさいと:アイヌと元が戦う錦絵を見せてくれました。
そして
「お前さんは(私の事)各地のコタンを回り、コシャマイの供養祭、シャクシャイン、ノカマップの供養祭を見てきて知っていて語り合ったと思うが。」
「アイヌは、エカシの力でコタンを造るから、コタンごとに衣装のモレウの柄も違うし、踊りも各コタンで独自性があるし、口承文化のユーカラなど一日かけて語ることもあるがこれも各コタンで違う。
さらに、シキタリも多少差異があるのを知っているが、俺も鵡川のエカシだがお前はどうゆう風に見ているのか教えてほしいと言われ。」
私は、「各コタンが国のよう見えて、ネイテブアメリカンの文化と同じ日本版として解釈している」と言うと、エカシは「良い答えだ」と言いさらにアイヌの文化を私に語ってくれました。
その中で、トパットミ―と言う十勝アイヌの強盗団の話も印象的でした。
話の内容は、十勝地方で冷夏になり森や山や野原で食べるものが無くなり,飢えで日勝峠を越えて平取地域「サルンクル・アイヌ」まで行き食べ物を分けてくれと言うも、平取でも分ける食料は無いので断ると、十勝アイヌは夜襲をかけて食料と命を奪い取ったと言う話(ユーカラ)です。
エカシは、「俺が知っている事は語った、お前さんが今度語る番だ」と言うので。

私は、「北海道の縄文遺跡から、内地の糸魚川産の勾玉や漆器が出土しさらに逆に沙流川上流部のごく限られた流域で産出する、アオトラ石が三内丸山や秋田でも大きな儀式用と思うこん棒上のものも出土しているので、蝦夷とアイヌは初めは交流をしていたが。
取引や何かでトラブルが有り喧嘩が戦争の様になり、エミシ側がアイヌを押し返したと思う。
この押し返した時行ったのが大きな張りぼてで中にろうそくを入れた、ねぶたそのものと思う」。
「また、蝦夷と戦ったアイヌはサルンクルか函館の方のアイヌと言うごく一部のコタンと思う、エカシが話したトパットミ―にしても私の蝦夷とアイヌの戦いにして分かることと青い目のアイヌの人や体つきが北欧のお方もいるのとコタンの分かは一枚岩でなくそれこそコタンが国家的な要素です。と語りました。

エカシは、「面白い、よく研究しているな」と言い、またその事についての裏付けはなしや後に酒を交わしながら話すような中に成りました。

元に戻します、「アイヌは元と戦った」
SNSで調べると有りました。

蝦夷之風/EZO no KAZE
北の「元寇」に立ち向かった戦いの民・アイヌ

https://ameblo.jp/papirica4648/entry-12595994743.html
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