mixiユーザー(id:5437811)

2026年05月25日18:11

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アイヌはコタンごとに世界観が違うのです。

地域で言えば
*沙流川(私が20年住んでた場所)、
*苫小牧(私が8年暮らし現在も暮らして居る場所)、
*ノカマップ(国後メナシノ戦いの慰霊祭が行う場所8回参加)、
*阿寒(温泉地に隣接するアイヌコタンが有り、アイヌシアターや劇も見られ土産店も多い)
*函館、松前城があるがシャクシャインの耳塚が有り私の友人が発起人になり供養祭も行えるようになった)
*静内(アイヌの大酋長シャクシャインの故郷で供養祭に私は20回近く参加した)
*北海道上ノ国町の夷王山山頂(コシャマインの供養祭には5度ほど参加)
などに参加し交流会も参加し地域ごとの博物館、
・平取2ヶ所
・白老
・静内(新ひだか町アイヌ民俗資料館)
・白糠
・網走(北方民族博物館)
・登別(知里幸恵 銀のしずく記念館)と言う様にそれぞれのアイヌ博物館にも訪ね、分かった事ですがカムイの役割や性質が微妙に異なっているのです。

又アイヌ 個人の霊的経験が尊重されています。

こうした、事はシャーマニズム文化であり、個人の体験や感受性がそのまま“真実”として扱われる ため、エカシやフチの語りはそれぞれ独自の深みを持ちます。

例に挙げれば
エカシ(長老)
フチ(巫女的役割を持つ女性)
トゥスクル(祈祷者)←この事を説明するのには大変時間がかかる。「カムイが降りて来たと言う表現も正しい」

こうした人たちの存在はそれぞれ独自の霊的体験を語り、それがそのまま「真実」として尊重されています。

これは、「世界は一つではなく、語り手の数だけ存在する」という価値観であると言って良いのです。

だから、カムイは「二重性」を持つているのです
だからこそカムイは 精霊であり、人格神でもある という二重性を持ちます。

これは、SNSで調べると文化人類学でも次のように説明されています:
「人とは神であり、神は人である」 (アイヌ古老の言葉)

この言葉は、人間とカムイの境界が固定されていない、というアイヌ世界観の深い核心を表しています。
そして、アイヌのあの世「アフンルパル」も現生と似ているが経験値・・・時間の流れが全く違うと言う世界を絵に表していました。
これは、浦島効果とかアインシュタインが言う相対性理論さらに最新の宇宙物理学で言う「多次元泡宇宙の世界観」と同じなのです。
繰り返して言いますが。
そして、各コタンで違うアイヌの衣装のモレウ(文様)は、なんと「多次元泡宇宙の世界観」を図にした絵柄とモレウは同じもしくはデホルメとして理解できるシンクロニスティ現象を起こして居ます。
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