できればダミーでも真空管の明かりと、アナログのチューニングでバックライトは豆電球がいいなぁ。
「親の名前」を忘れていた高齢者が語り出した――AI内蔵「昭和の青春ラジオ」が介護現場を変えている
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&from=diary&id=8794159
トランジスタラジオが一般に入手出来るようになったのは
1960年後半、床屋さんでは必ずラジオが鳴っていたが、
家では白黒のTVがあった。
このラジオは、1960年頃なので、そのちょっと前ということだ。
さすがに、当事の記憶は無いので、自分に当てはめてみると、
なぜかウルトラマンに出てきた怪獣の名前はすぐに出てくる。
ラジオを聴くようになったのは、中学の試験勉強の頃からだ。
夜9字から、深夜ラジオの時間までで、習慣になると、毎日
9時からの番組を聴くようになってしまった。
当事、ニッポン放送がメインだったので、
熊倉一雄のゼロの世界、金ドンなどを覚えている。
中にはピーターの「人間狩り」という曲が今でも忘れられない。
(好きなわけじゃないのだが)
0時頃だと、かぜ耕士のたむたむタイム、その後は
オールナイトニッポン。鶴光と、あのねのねとか、色々伝説もある。
文化放送だと、セイヤングだったけど、あまり聞かなかったかな。
まぁ、中学入学で買ってもらったスカイセンサー5500が大活躍した
時代でした。今でも動くよ。
ログインしてコメントを確認・投稿する