mixiユーザー(id:12302305)

2026年04月14日15:21

32 view

一般的に「色弱」と言われるけれども

au「配慮に欠けた」X投稿を削除 色覚検査画像に「au」ロゴ入れたクイズ
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=32&from=diary&id=8747355
実は色弱と呼ばれる赤の認識の弱さは進化の過程で強く持っている人と弱く持っている人で優位に働く状況が違うという。今の世界では色は完全に分かった方が良いが、狩りをしている時の時代では赤を認識しない方が茂みに隠れている動物を見抜くには有利とされている。

一方で木の実や熟した果物を見分ける時、それが遠くからでも認識しようとすると赤が強く見えた方が良いという。おそらく長い進化の過程でこの2者はどこかで出会い、共存して行く中で役割の住みわけをしていた可能性が高い。
基本的に野生で生活する場合、飢餓の方が多く、今のように農業や工業の発展、貨幣経済、科学の進歩があって構築された社会とは全く違う過酷な環境。

生きて行くためには少しでも有利に働く(つまり食料を得る)必要があり一方では不十分なため、このような「色弱」の現象が残っているのは両者が補完し合って生き抜いてきた証なのだと思う。この現象の時間スケールの長さを考えると数万年ではなく数十万年のスケール感になる。これは植物が果実を進化させてきたのと人間の進出は連動しているらしく古い時代の果実と言うのは甘くもないし、色も大した色ではなかった。
しかし、人間に発見してもらうことで(と言ってもその当時の姿は類人猿だと思うが)タネを採奥に運んでもらい勢力拡大をする戦略が果実を大きく、目立つ色に、美味しくし、人間の興味を引くよう進化してきたというなら人間も色を見分ける能力を別の方向に伸ばしてその果実を手に入れ飢餓から少しでも逃れるための能力として進化し獲得して来たと言える。それは植物と人間の相互作用とも言える話でそれは時間スケールで言うと相当長い歴史の中で培われてきたものと言える。色弱(赤を認識させず狩りに特化した目のありよう)と赤を認識し、果実を手に入れる能力のどちらが先だったのかは分からない。

しかし、この2つの特徴を持つ人々が力を合わせれば確実に生き残る可能性は高くなるわけでそうするのが必然だと思う。どのくらいの時間をかけて共存の道を歩んだのかは分からないにせよ、この今言われている「色弱」と言う言葉の誤解を招く表現の仕方は非常に問題である場面ではその方が有利に働くことの意味を知っている人はあまりいない。

今の時代は果実を発見することにはその能力は使わず、情報収集や芸術鑑賞などに利用され赤を認識できた方が良いとされるから「弱」と言う言葉を使うのかも知れないが本当の色弱(つまり赤を認識できないのではなくしない能力)には重要な意味が隠れていることも知っておいた方が良いと思った。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年04月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

最近の日記