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2026年03月15日03:47

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意識の仕組み(69)カルマヨーガ49愛の本質7

「マイホームに戻った安心感とやすらぎで、こころは満たされた・・・。」

ホーキンズ博士は、悟りを開いた際に、そのように実感したとご自身の体験談を述べています。道元は、「夢中説夢/夢の中で夢を説いているようだ」と述べ、空海は、「煩悩を超えたところ、ひかり」と述べ、マイスター・エックハルトは「神性のブレイクスルー」と述べ、ラマナ・マハリシは、「自我の沈黙により真我は現れる」と述べ、シュリ・ラーマクリシュナは、「三昧/サマーディ―/エクスタシーによる至福の世界」と表現していました。

そうなんですよ。人類のすべての人の起源は、これらの意識レベル600以上に達した賢者の全員の発言の通り、意識そのものの『愛』から生じていて、『愛』のアトラクター・フィールドと接続すると、それを象徴するのがエンドルフィンの分泌から受け取られるスピリチュアル・エネルギー(クンダリニ)にあると、あなたもお気づきましょう。

聖書やヴェーダ聖典にも書かれているように、「神は、ご自身に似せて人を創造した」のであり、全員が神の代理であること自体、人の存在は『愛』で、これこそ神の本質であったことを、あなたはいつでも思い出せ、そのことに気づくことが出来ます。

『愛』があるから、安心できて、やすらげることに、あなたは気づくでしょう。何故なら、何か不安があったり、心配事があったりすると、穏やかな心持ちになれないはずです。しかしこの世は幻です。あなたは一旦、不安や心配という感情の経験を経験し終わるなら、幻の不安や経験は、あなたから永遠に消え去ります。あなたは1日の多くの時間を、まさに悟りを開いたように、くつろぎ、安心感とやすらぎに包まれるはずです。

そう言う訳で、あなたは、意識レベルの段階的変化こそ、愛の量を表してることに、お気づきでしょうか?

「こころが広いと、こころが狭い」は、愛の量によるということです。

「こころが温かいと、こころが冷たい」も、また愛の量によるということですよ。


カルマ・ヨーガを始めましょう。さてホーキンズ博士の論述です。

「ゆえにこの本は、左脳と右脳と呼ばれる両方の理解を容易にするために、撞着語法の形式を用い書かれています。実際に全体的視点からの認識パターンにより、物事を私達は知ります。新たな概念を全体的により簡単に把握する方法は、馴染むことによって簡単になります。この理解の種類は、“議論の終結”として特徴づけられる書き方により促進されます。思考を表現するために、単に軽い意味の形容詞や例証を用いる代わりに、それらの矛盾をどんどん出し、繰り返し使用することで完了します。それからこの概念は、‟認識され/腑に落ち“、するとマインドに簡単にとどめられます。3章を読むだろうマインドは、1章を読んでいるマインドとは違うため、そのようなアプローチも、また好ましいものです。」
(Power vs. Force: Author Official Authoritative Edition, 2012 Original Prefaceより)

マテリアル(物質世界)とスピリチュアル(精神世界)の常識は、例えば線形と非線形、目に見えると目に見えない、推測論と決定論といったように、正反対なのです。ゆえに同時に併記を何回もすることで、その矛盾をマインドに定着させるという手法をとるのですね。

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