「パパとママは、人間とは何かを分っていない!だからそんなこと言える(する)んだ!」
この捨て台詞は、幼い頃から私は『意識マップ』を知らずとも、両親の200未満の思考や行動に腹を立てて、自分の部屋にこもる時のものでした。
しかし私の両親は、亡くなるまで、利他的に生きる重要性を理解出来なかったようです。
幼い頃から私は『学問のすすめ』を読まずとも、慶應出身の両親なら、『人類の平等性』に気を遣い『学び』続けることや、『世のために生きる』べきとの強い思い(Nobles Oblige)から、『優雅な生活』のみ求める両親の生き方に反発していたのですよ。
あなたのスピリチュアルの気づき、これは、あなたが左右大脳半球を同期化させた時のみあります。そのスピリチュアルの気づき、これは、いつもあなたの人生において、あなたを本当の幸福へと導くチャンスとなるでしょう。
私は、健全な倫理道徳観念や精神性を、ひとり独学で、半生にわたり学ぶしかなかったのですが・・・。
しかし、そうはいっても私は、幼い頃から、神(創造主/自然神/理論神/天)の存在を身近に感じていました。
さらに私は、『意識の永遠性』、『輪廻転生』や、『因果応報』を確信的、主観的に真実であると理解し、それらスピリチュアル真実は、自分の事だったため、その認識について、ただ本を読み追認するだけでよかったのですね。
これは、ある意味、幼い頃から、私は、スピリチュアルの真実について、大多数の方々と異なり、フライング気味であった訳で、このフライングを神のお陰と感謝するのみです。
神の私への愛、恩寵、慈悲と、祝福は、何ものにも代えがたく、ゆえに神を裏切るようなことを、私は「その考えを捨てねば殺す」と言われても捨てることは出来ません。
言い換えると、私のこころの内側には、幼い頃から、すでにマザー・テレサはいました。
いまの日本の政官財学の権力の中枢の多くの人々も、スピリチュアルに関して受けた教育は、私とほぼ同じはずです。特に東京大学などに合格する知的エリートの家庭では、スピリチュアルの真実について、家庭で議論を交わすことは、ほとんどないでしょう。
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