こんにちは視察で得た貴重な情報を国立市に活かしたいと考えている石井伸之です。
本日は、福祉保険委員会で行政視察に出発しました。
初日は認定NPO法人抱樸、二日目は北九州少年サポートセンターの視察です。
お陰様で両日共に北九州地方は晴天とのことで非常にありがたく思います。
午前6時40分谷保駅に集合した後に、羽田空港から北九州空港へのフライトです。
予定時間は約1時間30分となっています。
北九州空港からタクシーで認定NPO法人抱樸が運営する食堂でランチをいただきました。
なんと言っても値段の安さに驚くばかりです。
日替わりランチの白身魚のフライ定食は550円でした。
国立市役所にあった地下食堂のランチを思い出します。
ランチを美味しくいただいた後に、専務理事の森松氏から、抱樸についての説明を受けました。
まずは、抱樸が自立支援住宅事業を開始した平成13年頃は、任意団体「FIS」(年商100億円の規模とのこと、平成22年に経営者が名古屋地裁で所得税法違反により有罪判決が言い渡されました)を始めとする貧困ビジネスが増え始めた時期でした。
貧困ビジネスの運営は「無料定額宿泊所」を運営する中で、小さなアパートの部屋を更に小さく間仕切りをして、そこにホームレスを宿泊させて生活保護申請をするというものです。
生活保護受給日になると、宿泊者から生活保護費を全額貧困ビジネス運営団体が預かります。
生活保護費から住居費、食費という形で差し引く中で、食事は単価計算で1個1000円のカップラーメンを支給するという酷い実態が明らかにされました。
こういった貧困ビジネスではない形での優良無料定額宿泊所の運営にNPO法人抱樸が取り組むこととなりました。
当初は、NPO法人抱樸が貧困ビジネスに手を出したとの誤解が広がったそうです。
しかし、その中身を見れば違いは歴然としています。
〇24時間365日の職員配置
〇四畳半程度の居住スペース
〇手作りの食事
〇生活保護費から数万円のお小遣いの支給
〇自立に向けた丁寧な相談事業
これからが認められて、NPO法人抱樸発で日常生活支援住居施設となります。
当施設は無料定額宿泊所のうち、生活保護法第6条第1項に基づき被保護者ごとに個別支援計画を策定し、計画に基づき日常生活上の支援を行う施設として一定の要件を示したものです。
実際に現在の状況を見させていただくと、更生保護施設安立に似ています。
居住されている方が安心して落ち着いている様子が分かります。
この食堂は別名「出てこい食堂」と言われており、誰もが自由に利用することが可能です。
壁面には、ボランティア活動のお願いがポストイットで貼られており、居住者が自主的にボランティア活動を行う中で活躍しています。
居住された方々は職人として働いていた方が多いらしく、こういったボランティア活動は「お手の物」だそうです。
続いて理事長の奥田知志(おくだ ともし)氏からは、昭和63年1988年12月に北九州越冬実行委員会の活動から始まり、4年後にNPO法人設立の際には、速やかにこの活動を終えることを念頭に置いていたそうです。
しかし、活動の幅が広がる中で、とてもこの活動を終えることは出来ず、逆に活動をこれからも続けていくことを宣言します。
活動の中で、3800人の路上生活者が自立を果たし、その90%が仕事に定着しています。
また、子ども・家庭支援も行っており「子どもの困窮は家族の困窮」が原因に有るとの話がありました。
貧困の連鎖という言葉を耳にされたことがあるかと思います。
親が子どもに自立への道が示されなければ、子どもも将来への希望展望が見えないことは当然ではないでしょうか?
親だけではなく、社会として子どもの自立を支えるという考え方が必要であるように感じました。
高齢者支援の中では、月500円の会費で加入することのできる互助会制度が輝いています。
他人が仲間となり家族となる中で、介護から見取りまでお互いが支えあう制度の大切さが「人は一人では生きられない」という言葉に詰まっているように感じました。
高齢者の方々が一人で生活する中で、最も気にされているのは「自分が亡くなった後」の事だそうです。
誰にも看取られることなく、寂しく一生を終えて、誰からも忘れられていくことに対する寂寥感を感じさせない仕組みとして「互助会葬」や「偲ぶ会」が心の支えとなっています。
「偲ぶ会」では一年に一度行われ、先立った仲間を追悼します。
壇上には懐かしい遺影を飾り、一人一人の名前と没年を記した追悼幕を掲げるそうです。
ホームレスとならない社会を作る為に、希望のまちをつくるための努力を重ねられています。
「わたしがいる、あなたいる、なんとかなる」の精神で誰もが「助けて」と言える社会の構築に向けて努力されていることを国立市政に持ち帰りたいと思います。
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