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2025年10月15日04:56

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アメリカと精神性(8)

人は、絶望の中で神を見つけ出すものですが、間違った教えに洗脳されていると、それは容易ではありません。

マルコ・ポーロは、「貧しき者は、富める者から奪って生きてゆくのがこの世界である」というユーラシア大陸で生きる人々の摂理について書き残しています。

インド亜大陸を除き、概してユーラシア大陸に生きた人々は、大陸を移動し、貧しい部族は富める部族から、その富を奪い取ることで生きてゆき、言うなれば復讐の連鎖を断ち切れずにいました。

5世紀、はじめて歴史に登場したゴート族も、争奪戦争に参加した部族のひとつでした。奪えば生きてゆけるわけで、それは絶望ではなく希望です。

しかも奪う際には、復讐を恐れ皆殺しにするのも、またゴート族の流儀でした。

それに呼応した西欧の人々さえも、殺戮に抵抗はありません。そのような残酷なことが出来た理由は、『三位一体』を歪曲した教え『人は神と分離した存在』で『原罪』の『人として生まれたのは罪があるため』という概念に起因します。

では、どうしてそれらは致命的な概念なのでしょうか?

まず『三位一体』とは、この宇宙における創造と進化の仕組みを示し、かつ創造と進化はひとつで同じものです。真実の『三位一体』は、父:神/ひかり、子:物質/原形質と、ホーリースピリット(アートマンレベルのコンテクストを伴う精神):神の代理としての人の意識が、三位一体となった時、創造(進化)は起きます。すなわち『創造』とは、トップダウンであり、『進化論』のボトムアップと反対のメカニズムです。

誤った『三位一体』の解釈により、神とひとつになれない西欧の人々は、神から与えられた人類の目的である『悟り』について理解のしようもありません。

『悟り』によって、神と一体になることを理解していたアーリア人の賢者や聖者たちによって語られた悟りに至った際の情況は、『ウパニシャッド』(較正値970)に書かれています。

例えば、「二つの自己が存在する。見せかけの自己と、真実の自己、すなわちアートマンである。その中で、真実の自己、すなわちアートマンのみが、真に存在するものとして感得されねばならない。それを真に存在するものとして感得した者に対して、それはその内奥の本質を明らかにする」(『ウパニシャッド』カタ・ウパニシャッド、日本ヴェーダンタ協会、2009年)

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