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2025年10月02日04:21

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戦争省(21)

スピリチュアルの真実として、敗者が捕虜になることは屈辱ではありません。

しかし我が国において、捕虜になることが勇気ある名誉という『騎士道』の発想は、『葉隠れ』の「武士道とは死ぬことなり」を逐語的にとらえた信条と明らかに正反対ですね。

「武士道とは死ぬことなり」の真意は、「職責に対し死ぬ覚悟を持つこと」にあるものの、それを逐語的に具現化させた政策であるところの『現人神(アラヒトガミ)』たる天皇陛下に命を捧げることを美化します。

『葉隠れ』は、奈良時代に伝わった大乗仏教と、鎌倉時代後半に浸透し始めた『朱子学』による影響を示しています。すなわち「死」の美学は『輪廻転生』の概念と共に『仁』よりも『礼』を重んじる風潮から生まれました。さらに中国戦線で国民党軍の日本兵捕虜に対する凄惨なリンチ行為こそ、『死への執着』を日本軍全体に浸透させる結果に終わりました。

しかしながら、「生き恥をさらす」捕虜は不名誉とされ、人類史上最強の剣である日本刀による必殺の武術を生んだ武士道(180)は、欧米から見ると野蛮で理解不可能でした。

この『捕虜』と『死に執着する』死生観の違いは、アメリカ軍による日本民族そのものへの憎しみから、『勧善懲悪』へエスカレートしたといってもいいでしょうね。

さらに悪いことに、キリスト教の間違った教えも影響しています。それは人々を支配するために考案された教えです。すなわち「人は生まれながらにして罪を持っている」という誤った教えを一般的なキリスト教徒は妄信しています。

因みに、「些細な罪」という概念は真実レベル190で、「地獄に落ちる罪」という概念は180と較正される通り、『罪』という概念は完全な間違いです。人に罪はなく人類は、スピリチュアルの真実に『無智』であるため、真実レベル200未満に属する間違いを犯すのですよ。

そういう訳で、アメリカの将兵が、怒りを増幅させ、憎しみを深めた結果「日本人を殺しても、彼等は罪を持っているから当然だ」との間違った思考を正当化します。

『ヨハネの黙示録』の勧善懲悪の信仰を持つアメリカ軍の将兵は、「天皇陛下万歳」の突撃や玉砕を嫌悪したいたことは、容易に想像できるでしょう。

アメリカ軍の将兵と同じく、我が国も同様です。すなわち、明治以降、政府の中枢の誰一人として、福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の真意を理解していなかったといわざるを得ません。


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