mixiユーザー(id:68662677)

2025年09月03日04:20

24 view

無私行為の絆(4)

アメリカ陸軍第101空挺師団(較正値475)第503連隊第二大隊E中隊の専任下士官(曹長)であったリプトンは、何をして将校と兵の信頼を得たのでしょう?

西部戦線におけるヒトラー最後の反撃作戦である『秋霧作戦』、連合国側の通称『バルジの戦い(大作戦)』において、5つの街道の交差する交通の要衝バストーニュの郊外にある森の中に、E中隊は配備されます。

それは、ノルマンディー上陸作戦とマーケットガーデン作戦の時のように準備万端では、全くありませんでした。複数のドイツ機甲師団の突然の進撃により、連合軍の伸びきったアンデルヌ地域の前線が崩壊したため、第101空挺師団は、突然の出撃命令により、急遽休暇を返上させられた上、打撃を受けアルデンヌから敗走してきた部隊から装備を調達するしかなく、そのため防寒具も弾薬も共に乏しまま布陣しました。

そのような苛烈な厳しい条件下での戦いを強いられたE中隊全体の士気を保ち、被害を最小限にとどめるために、専任曹長であったリプトンは、実に大きな役割を果たしました。

『バンド・オブ・ブラザーズ』(較正値385)に描かれているように、彼は、ドイツ軍の無差別砲撃の合間には、必ず兵士ひとりひとりへの声掛けを行い、何か問題があれば、それを取り除き、冗談を言っては兵士達を、常にリラックスさせるよう気配りを続けていました。

その功績を認められたリプトンは、戦後E中隊の母国帰還時に、なんと士官に昇進していて、しかも中尉に任官されていたことからも、組織における『無私行為』の重要性を上層部は、しっかり理解していたのは明らかです。

幸運艦『雪風』の『専任兵曹殿』も、リプトン曹長と同様に、各水兵のコンディションを分析し把握した上で、しっかりとフォローしていたことは想像出来ます。

ゆえにその『幸運艦』は、乗り組み員の約240名全員が、固い絆で結ばれていました。優秀な『専任兵曹殿』の存在こそ、お互いを信頼し合えたのですよ。

『雪風』は、戦闘時に無条件の愛(較正値540)と言える『プラトニック・ラブ』のレベルに達していた結果、誰もが『無私行為』の献身的行為によって持ち場を守ったのでした。

さて、15歳で『特別少年兵』第1期生として志願した西崎信夫一等海曹(最終階級)は、1年間の厳しい訓練の後、昭和18年11月30日に普通科訓練生として『雪風』に配属されました。その直後に『雪風』の伝説的艦長となる寺内正道中佐が赴任しました。

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する