今場所新入幕で、
「六代目藤ノ川」として藤ノ川成剛が土俵に立っている。
けっこうきれいに出世していて、
負け越しは十両で一回だけのはず。
期待の星として、新入幕時に藤ノ川を襲名した。
襲名したというよりは、無理やり名乗らされたって感じが強いけど。
この人、元幕内大碇(おおいかり、現年寄甲山)の息子です。
十両時代は、若碇でとっていました。
幕内昇進で、親父の大碇を名乗ろうか?って話だったんですけどねえ。
あっという間に、藤ノ川。
はっきり言って、ぜーーんぜんパッとしない名門伊勢の海部屋としては、
どうしても「部屋の伝統の四股名」を使いたかったんでしょうな。
下にも、上にもいねーし。
というわけで、藤ノ川か。
短命とか、期待外れで終わらないといいけどね、と。
どうも「藤ノ川」にはいい印象がないんですな。
それは、先代が活躍出来なかったことによるんだけど、
その前って誰だっけ?とか調べてみたらなるほどね。
藤ノ川忠之助(ふじのかわ ちゅうのすけ)
柏戸宗五郎 (4代) が名乗った四股名、1880年代(明治中期)に活躍した幕内力士。
藤ノ川雷五郎(ふじのかわ らいごろう)
1910-20年代(大正時代)に活躍した関脇。
藤ノ川秀剛(ふじのかわ ひでたけ)
柏戸秀剛が名乗った四股名、1940年代に活躍した幕内力士。
藤ノ川武雄(ふじのかわ たけお)
1960-70年代(昭和40年代)に活躍した関脇。3の弟子。
藤ノ川祐兒(ふじのかわ ゆうじ) - 1980年代に活躍した幕内力士。4の弟子。
藤ノ川成剛(ふじのかわ せいごう) - 2025年に昇進した現役幕内力士。
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なるほどね。
柏戸襲名のステップ要素もあるわけだ。
團十郎の前の海老蔵みたいなもんだ。
ただ問題は、藤ノ川を襲名したからと言って柏戸になれる訳ではないということ。
逆に、横綱となり、柏鵬時代を築いた柏戸剛は藤ノ川を通っていない。
なんでこんなこと書いているのかというと、
実は、先代藤ノ川のことなんだよ。
先代は、相撲好きならみんなよく知っている「服部」ですよ。
横綱大関確実と言われて、大学相撲のタイトル総なめみたいな人でした。
その後、服部より騒がれた大学相撲出身者っているのかな?
遠藤なんかもすごかったけど、服部の方が圧倒的に上でしたよ。
今、ブイブイ言わせている横綱大の里だって、そこまで騒がれていないでしょう?
全然違う、服部の時の加熱っぷりは。
でも、服部は「モノにならんかった」
これにはいろいろな理由があるんだけど、ここでは端折って、
割と早く、ケガ含め引退するのね。
二十代半ば。
大卒だから、本当に短い角界人生。
もちろん、年寄襲名の話はあったんだけど、
(当時は、株は回すモノだったからね)
本人が固辞して、各回を去ると。
で、その後、筑波の大学院に行ったり、
教員になって相撲を教えたりしていたんですが、
「今年の六月六日、64歳の若さでお亡くなりになりました」
これ、ほとんどニュースになっていない気がするんだ。
癌でした。
今の藤ノ川を見ていると、似てないけれど、
服部の小手投げを思い出しちゃうんだよね。
ご冥福をお祈りします。
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