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2025年06月29日12:04

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安井昌二、ビルマの竪琴

最近復刻された映画シリーズで観てきました、市川崑の「ビルマの竪琴」(1956)。立派な反戦(というか厭戦)映画で良かったわ。

で、主演の安井昌二。昔から名前は知ってたし、ビルマの竪琴と言うと常に一緒に語られる名前。クレジットでも第一面で三國連太郎と並んでスター扱い。でも、顔みてもピンとこないし、写真見せられてこれ誰?って聞かれたら答えられないと思う。他にどんな映画出てたのかしら?って見たら驚きの連続・・・・(ウィキ⇒https://x.gd/qOQOm)

まず、カス映画ばっかりしかでてないのよね。裕次郎や小林旭の映画の脇役か第二主役で一枚看板を背負って、って俳優じゃないのよ。で、戦争映画の兵隊役も多い。日活だから?と思ったけど、当時の日活、今村昌平とか浦山桐雄とか出てきて松竹とはまた違った日本のネオリアリズムっぽいアートハウス監督もいたから、そっちでは活躍できなかったのかしらねぇ?

でも、もっと驚きがアタシ等の年代の最初の子役スター、チャコちゃんこと四方晴美のお父さんだった。しかも奥さんは小田切みき。勿論、小田切みきと聞いても名前は知ってたけど顔は思い出さないのでウィキのリンクを辿ってみれば、黒澤の「生きる」に出てた女優じゃないの。ってか安井昌二、ビルマの竪琴でしか覚えてない、小田切みき、生きるでしか覚えてない、って俳優夫婦だった。

で、チャコ何してるのかしらねぇ、と思ったら(https://x.gd/Vh3rE)、

≻千葉県浦安市にある世界最大級のファストフード店・マクドナルドで、パートタイマー(アルバイト)として長く勤務して正社員から店長となり、娘もマクドナルドに入社した。その後、離婚を経てUNIQLOに勤務した

って、バイとでマクドの店員、その後ユニクロの店員w・・・・子役とはいえ当時は大ヒットしたスターだったのにねぇ。なんか本当に普通のオバサンになったのね。山口百恵もここを目指せばよかったのにねぇ。当時、子役としてひっぱりだこだったもう一人、上原ゆかりは何してるの?と調べたら今は不動産屋の社長だった。ってかチャコちゃん、同い年だと思ってたら1957年生まれの一つ上、上原ゆかりは56年生まれの二つ上だったのね。

で、話は戻ってビルマの竪琴。「もう戦争はこりごりだ」を見せる映画なんだけどさ、日本の反戦映画系統、「野火」「ビルマの竪琴」「戦旗はためくもとに」「ゆきゆきて神軍」、み〜んな南洋が舞台ね。やっぱりフィリピン、ビルマ、パプアニューギニアは大陸とちがってマラリア、熱帯、ジャングルで悲惨さがもう一つ酷かったのかしら?水木しげるの戦記ものの漫画も南洋だものねぇ。戦争映画で有名なので中国が舞台なのは「拝啓天皇陛下様」だけど、あれは一応渥美清主演の喜劇なので、南洋舞台の映画のような悲壮感がない。中国、空気が乾いてて食べ物カビ生えにくい、冬は寒いし腐るのも遅くって南洋ほど厳しくなかったのかしらね?中国戦線でインパールみたいな無茶な作戦した、とか隊全滅とかあんまり聞かないわよねぇ。アタシが知らないだけ?

家のお父ちゃんは徴兵されて中国だったけど、あれで南洋行ってたら全く違った経験で、もしかしたらアタシも生まれてなかったかもしれないのよね。ホント、戦争でどこに送られるか、って運よね。

も一つ、1956年のビルマの竪琴は苦労したけど、ちょっとだけビルマでロケした、とも書いてあるわ(https://x.gd/lwZlJ)。へ〜、一週間にしろ当時はビルマ入れたんだ、とそれもビックリだったわ。ビルマ、ADB加盟も遅くって1973年、鎖国状態でADBからの借り入れもなし、アタシがADBに入った時に総裁だった藤岡さんが本で書いてたのADB入る前に読んだけど、電気のない真っ暗な中で、って書いてあって、ホント想像が難しい国だわ。今もあんなんだし、ちょっと行ってみたい気もするけどね。
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