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2025年03月24日10:41

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【ヘタな演奏】それも”音楽”なのだ

ヘタな演奏だからこそ、楽しめる音楽がそこにある。意識を変えれば聴こえ方が変わる不思議。「祇園精舎の鐘の音」なのだ。
ストリートピアノ運営側の注意喚起に賛否 ミス続く演奏にクレーム受け「手前よがりな演奏は『苦音』です」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8249591

運営側の趣旨があれば、それを優先だけど、
初心に戻って「音楽って何か?」を考えてみよう。

ただし、「アレクサンダー・シュルツ」や「アンドレアス・キーアー」
のように、ピアノを破壊する音楽は禁止にしないと、
運営できなくなるのでしかたない。また本気のリストの曲も
ハンマーを壊すおそれがあるので注意かも。
(山下洋輔の肘打ちもかんべんだ)

さて、次のようなヘタな演奏をどのように聴くだろうか

・3歳の女の子
 ピアノを始めたばかりで、初めての演奏会の練習を
皆んなに聞いてもらいたい演奏。

・40代のバンド経験者
 結婚を堺にバンド活動もやめ、キーボードも処分。
20年ぶりに子供の前で演奏してみた。

・80代の老人
 戦後、JAZZ喫茶で生演奏をしていたが店が無くなってから
引退し、60年ぶりに演奏。

今まで、ただのヘタな演奏に聴こえなかったはずだが、
その人にしか出来ない、過去、現在、未来への扉が開く。
その人にしか出来ない表現とも言える。

もちろん、そんなバックグランドストーリーもなく、
いたずらで音を出しているだけ。というのもあるが、
それはそれで、ふざけた音楽なのだ

音楽は完璧な演奏を目指しているかもしれないが、
完璧じゃない、未完成だからこその面白さに引かれる部分がある。
この面白さは人間そのものなのだ。完璧を望むなら機械で演奏すればいい。

この境界線をどこで引くのか。と言うことだと思うが、
実際には難しい。むしろ、ピアノを弾く側の意識だから、
「たくさんの人に聴いてもらいましょう」だと思う。
本人が表現したい意識にまかせるのだ。

そのためには、ちょっとステージ風にする演出があれば、
意識が変わる。ひな壇でもいいし、スポットライトでもいい。
演奏者に「ここはステージで発表する場」という意識が生まれれば
それでいい。

試行錯誤になるかも知れないが、知らなかった何かを
発見できるかも知れない。
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