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2025年03月13日03:46

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タブラ・ラサ

あなたは「思考は、感情のグラデーションです」ということを、しっかり理解されていらっしゃいますか?

エゴは、思考の断片や、イメージの発信基地であり、この発信地こそがエゴの正体です。

私は、いまから12年ほど前、1時間以上にわたる瞑想中に、そのことに気づきました。それは、ちょうどホーキンズ博士の『Transcending the Levels of Consciousness: Stairway to Enlightenment』の『理性(較正値400)』の章にかかれていて、「どれどれ確かめてみよう」と足を組み座り始めて、その起点に集中してみて気づくことが出来たのです。

ホーキンズ博士は、「考えないで生きてゆくことが出来ます」と、そのようにいいます。

あなたが、常にエゴのおしゃべりの断片やイメージの断片を無視し続け、神に「最高善にかないますよう」祈り続けるなら、いつもインスピレーションを受け取れ、それに基づき行動すればいいのですよ。

私は、よく夜中に目が覚め、神様に祈りを捧げると、すてきなインスピレーションを受け取ることが出来ます。

それは、もしもあなたがウキウキして、即座に書き留めようといった、そのような情況を経験する時と一緒です。

私も、またそのインスピレーションを受け取り、ワクワクして楽しいイメージが瞬間的に浮かびます。

すると、いま私が書いているように、次々に文章を創造してゆけるのですよね。

多くの芸術家が、一心不乱に作品に向き合う時と、それはおそらく同じなのでしょう。

以前、棟方志功の晩年を描いたドラマで、彼が、白牡丹を飲みながら一心不乱に作品と向き合い創造活動をしている姿が描かれていました。

白牡丹は、今東光や、夏目漱石の愛飲していたお酒ですね。

因みに、私は、ソニーの創業者盛田昭夫の実家である盛田酒造の『鬼ころし』を愛飲しています。

さて、このインスピレーションについてです。

『パワーか、フォースか』では、私の大好きなアルボ・ペルトのアルバム『タブラ・ラサ』のライナーノーツが引用されていました。

「この創作の過程を解説する際、現代エストニアの作曲家アルボ・ペルトの作品は、しばしば『超越的』とか、『神秘的』と表現され、包み込まれている(目に見えない)アトラクター・パターンについて、芸術的な才能の決定的な役割と見なされていることについて、簡潔に言及していることをご紹介します。
作曲するのに、私は長い時間かかるため、自分自身覚悟せねばなりません。時々、それは5年もかかります・・・。私は、このひとつの音以外のすべてのものは、自分の人生、自分に音楽、自分の仕事、さまよう暗闇の中で、確実に無意味なものと感じています。複雑さと多面性は、私をただ混乱させるだけであり、そのため私は調和を探し求めます。この「ひとつの音」とは何であり、また如何に私は見つけるのでしょうか?この「ひとつの音」を追ってゆくと、多くの見せかけの音が現れ、次に重要でないものはすべて落としてゆきます・・・。ここに静寂の中、ひとりでいます・・・。あるひとつの音が鳴り響き、それで十分であると分かります。これが私のゴールです。時間と時間がない状態は、つながっています。この瞬時と永遠が、私達の中にあって苦悩し続けています。*1」
(*1原注:『タブラ・ラサ』ライナーノーツより、ECMレコード、1984年)

このアルバムは、まさにECMレコード原盤を1984年に私は六本木の『WAVE』で購入しました。1984年当時、まだCDは発売されたばかりで、いまだレコードの主流の時代でした。

いつもの通り、私はこのレコードを手にした瞬間、すばらしい作品であり、生涯を通して聴くことになるはずとの直観(イントゥイション)によって、即座に買おうと思ったことを、いまも鮮明に覚えています。

ギドン・クレーメル、キース・ジャレット、そしてベルリンフィルの12名のチェリストの演奏というクレジットを見ただけで、一刻も早く聞きたいとワクワクしましたよ。

内容は、本当に素晴らしく、今でも英和辞典を手にライナーノーツを訳していながら、感動の涙をぬぐっていたことを忘れられません。

インスピレーションは、いつでも受け取れますが、それはあなたの意欲次第だということを忘れてはいけませんよ。スピリチュアルの『勇気』を一時も忘れずに!

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