mixiユーザー(id:68662677)

2025年02月23日14:55

21 view

勇気とは?

あなたは、あなた自身のこころの内側をみつめることを怖がっていらっしゃいませんか?

私は、生まれて初めて『意識マップ』を見た時、「なんということ!恥からプライドまですべてあるぞ・・・。」とかなりショックを受けてしまいました。

[mixi] 日記を書く
https://mixi.jp/add_diary.pl?id=68662677
mixi.jp


「いやあ、このままでは天国どころか、地獄へ落ちてしまうのでは?」という恐怖を感じたものです。

私は意識の永遠性を幼い頃から確信し、因果応報や輪廻転生について、ごく自然に受けいれいていたにもかかわらず、なんということでしょう。

まさにそんな感じでした。

その時、私は、自分のこころの内側を見つめることの重要さを、初めて思い知らされました。

なんせホーキンズ博士の『Power vs. Force』と出会う10年以上前から、私は永平寺で習った座禅を始めていて、自身の内面のおしゃべりのうっとうしさにいらいらしていたものの、ただ無視すること以外、どのように処理すべきか、その方法を知らなかったので、博士の他の著作も読まねばという強迫観念さえ、生じたものです。

あなたは、例えば何か上手にゆかないことがあると、こころの外側にその原因をもとめてしまうのではないでしょうか?

幸い、私は意識の永遠性を確信していたため、因果応報や輪廻転生の責任は、自分にあることを頭では理解していたものの、実際にどう向き合えばいいのかは皆目見当がつきませんでした。

さらに、私を悩ませたのは、邦訳の『Power vs. Force』と『I: Reality and Subjectivity』を何回もよくわからないところを読んでも、やはり理解出来ないところが多くあったことです。

仕方なく、この2冊の原典を購入し、邦訳で理解出来ないところを、2010年の暮れごろから辞書片手に読み始めました。

すると、色々な疑問が解けると同時に、この2冊では、どうやってこころの内側と向き合い実際にネガティブなエネルギーを如何に処理するのか、いまひとつピンとこなかったで、やはり他の博士の本も読まねばと思ったものです。

そして、最初に読もうとしたのが、これからご紹介する『Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment』でした。

私が望んでいたこころの内側の観察の仕方を知ることが出来たのは、この本を読んだおかげだと思います。

底辺の意識レベル20の恥から700の悟りまで、内面でどのようなことが起こり、それがどのような結果を生むのかについて、そのすべてが反飯ました!

ではご紹介しましょう。

「勇気の長所へと導く決定的な鍵は、個人の責任と義務を受け入れることにあります。この大きな要因は、社会的に健全な道徳律を次第に失い、非難や言い訳を通して犠牲者と罪を犯してしまう、二元的な誤った考えの放棄、外部的‘要因(起因)’や、社会情勢による道徳、社会に関連する誤った考えや理論が、完全な個人の自主性と、自分への誠実さに取って代わることを求められます。従って勇気は、非難と言い訳の推測に基づいた計測レベル200を下回る特徴的社会による、その信念の合理化(正当化)への同一視から抜け出すことも、また含まれます。例え外部的‘要因’があったとしても、なおそれを抜け出すことが個人にとって必要になります。社会は、ひどい災難に直面した時でさえ、そんな勇気に関する祈りについて度々宣伝されている例証と共に、必要不可欠なものです(例えば、マッケイン、2005年)。経験上、勇気へ最も一般的な挑戦する為の鍵は、恐怖に加え、一致して自己欺瞞と失敗に対する不安になります。勇気は、恐怖のない状態を意味するのではなく、隠れていた強さと不屈の精神による能力を示すことに関係付けられ、恐怖を乗り越える意欲です。失敗に対する不安は、人が、非個人的な多くの他の状況や、要因に依存した結果ではなく、その意図と努力により責任を果たすと分かることから、弱められてゆきます。」

現代社会における科学万能のニュートン物理学的発想は、意識レベル200未満にとどまる理由は、神に対する誤った認識を持つことによります。例えば、自分の失敗を神に起因を求めると言った。「おお、神様、あなたは、どうしてこんな試練を私にあたえるのか?もうおやめください・・・」などとあなたは、思ってしまうのです。

しかし、それが大きな過ちであることに、私は気づかされました!

明日、そのところについて、述べましょう。

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する