『イッテQ!』韓国ロケ企画は放送せず 内容変更について経緯説明&謝罪「統一教会の関連団体であるとのご指摘」
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宗教法人に対する解散命令請求は過去に2例しかなく、文化庁は慎重な姿勢。
宗教法人格がなくなると、税制上の優遇といった「特典」がなくなるが、宗教団体としての活動は維持できる。信教の自由と宗教法人としての特権が失われることは、切り分けて議論する必要がある。過去に解散命令が出された2例? オウム真理教と、2002年の明覚寺だ。明覚寺は霊視商法で一般の人を脅して献金を集めた。この点で統一教会と類似する。
解散要件は抽象的
宗教法人法の解散要件には、「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと」とあります。過去の2例と比較、どう位置づけられるか。この解散要件は非常に抽象的。過去の2例は、教団の教祖や幹部が刑事事件で逮捕されている。そのため文化庁は、刑事裁判で宗教法人本体の役員などの責任が認められないと解散要件に当てはまらないと解釈している。文化庁の解釈は官庁の法解釈として一定の権威があるが、あくまで行政の基準だ。最終的な解散命令は裁判所の判断になる。その前の段階で、文化庁がふるいにかけすぎて裁判所の判断を仰がないでいる。
2009年、霊感商法で印鑑販売をしていた統一教会傘下の販売会社「新世」の幹部が逮捕され、特定商取引法違反で懲役刑を下されています。それでも宗教法人本部には捜査が及びませんでした。
この事件の判決で、販売会社は全社員が信者であると認定され、統一教会の信仰と一体となったマニュアルを基にした組織的な犯行だと認定された。しかし、法的には販売会社は宗教法人である統一教会とは別法人になる。法人を分けている点こそが、統一教会のいわば巧妙な点だ。統一教会は過去の裁判で、霊感商法や献金強要が違法行為であると繰り返し認定されている。その判例の多さは、ほかの宗教団体の比ではない。統一教会の巧妙なやり方と、類を見ないほど多い判例をどう評価するか。その点が裁判所に問われることになる。統一教会の特殊性を考えると、2例に縛られない新しい判断をすべきだと思う。解散命令が難しいにしても、ほかにやるべきことはある。1つは優遇税制の見直しだ。おそらく、ほかの宗教団体の反発があるため、政治的合意を得るのはかなり難しい。
税制上の優遇に応じた責務
税制上の優遇を享受しているならば、その特典に応じた責務がある。詐欺的な集金を行っていないか、外為法に触れるような海外送金をしていないか、こうしたお金の流れを明らかにする必要があるが、透明化されていない。
統一教会だけではなく、提出された宗教法人の財務諸表などの文書は公開されない。
税制優遇を受けている場合や、ほかの公益法人であれば透明化されるべきお金の流れが、宗教法人になるとベールに包まれる。信教の自由が錦の御旗になっているからだ。しかし、行政がお金の流れを公開しても、信教の自由を侵害することにはならない。お金の流れを公開されて困るような宗教団体は、そもそも宗教法人として保護する必要性に欠ける。宗教法人法は宗教団体に対する性善説に基づいている。統一教会に限らず、宗教であることを隠れみのにして、反社会的な行為をする団体が紛れ込んでいる可能性がある。しかし信教の自由を盾にされると、どこまで介入していいのか、行政側も腰が引けてしまう。信教の自由は無制約ではない。心の信仰は守られても、外形的に違法行為や反社会的な行為をすれば制裁を受けるのは当然だ。憲法上の権利が無制約ではないことは、ほかの権利も同じ。表現の自由は名誉毀損やプライバシー侵害に当たれば制約されることは、よく理解されている。ところが、信教の自由になると急に及び腰。
「カルトSOS」が必要
宗教2世の当事者からは、子どもの信教の自由が侵害されているという声が上がっています。ただ、親が教育する権利も保障されています。そこは一番の難題だ。家庭の中に公権力がどれくらい踏み込めるのかという問題になる。児童虐待と同様に、虐待が疑われる、学校に行かせないなど外形的に見える部分にしか介入できないだろう。例えば、カトリックでは幼児洗礼がある。それを、成人になってから自分の意志で洗礼を受けるようにと国家が決めるのは、信教の自由を侵害すると教会側は反発するだろう。宗教や親の側からすると、信仰の継承はとても重要な価値だ。「子どもを洗脳してはダメ」と言うのは難しい。ただ、子どもが助けを求めたり、相談できたりする窓口は必要だ。フランスではカルト問題に悩む人が電話できる窓口がある。日本でも「カルトSOS」といった電話相談窓口を早急に設置する必要がある。子どもの異変に気づいた学校の先生など、周囲も相談できる窓口だ。こども家庭庁に窓口を一本化し、そこで2世問題に対応するのも一案。
行政機関に相談しても宗教が絡むと介入できないと聞きます。
2世の人たちが、育児放棄に遭ったり、経済困窮に陥ったりしていても、行政や警察は「宗教の問題だから」と立ち入ろうとしない。だが、児童相談所の仕事は家庭の中に入ることだから、信教の自由があるからといって、ひるむ必要はない。宗教に対する知識不足や誤解が、さまざまな不幸を生んでいるは事実である。
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