先週8日9日の西九州旅行の様子を先日から書いていますが、
先日は祐徳稲荷神社に参拝したことを書きました
今晩はその続きです。
祐徳神社を参拝してお土産を買った後、バス停へ戻ります。
実際の所元々1時間弱しか時間を取っていなかったので、着いたのは乗る

が出る2分くらい前。
それにしてもインバウンド対応でタイ語が出ている所なんて珍しいですよね
車庫の敷地で待っていたバス、何か見覚えがあるなぁ、と思ったら、
バス停にやって来た嬉野温泉行きは、行きに乗った車両でした。
自分だけ乗せて発車しましたが、鹿島市街地に入って中川というバス停から高校生が10人くらい乗車。
営業所を兼ねたバス停で、建物の中からわらわらと高校生が出てきました。
肥前鹿島駅は10分近い遅れで到着。
駅前にはスーパーなどもありますが、人が全然歩いていませんでした。
さて、ここからは長崎本線の旅を再開します。
西九州新幹線の「並行在来線」として扱われた長崎本線ですが、もともと佐賀・長崎の県境をまたぐ普通列車は少なく、ほとんど朝夕中心の運行でした。
新幹線開業の陰で、このような状況で頻繁に運転されていた特急『かもめ』を失う佐賀県鹿島市からは、特に大きな反発があったといいます。
そのため、日に数往復ではありますが、博多〜肥前鹿島間の特急『かささぎ』が運行されることになりました。
そして一般的には今日開業の北陸新幹線並行在来線のように第三セクター鉄道に移管するのではなく、江北(旧・肥前山口)駅〜諫早駅の区間は両県が線路施設を保有する代わり、JR九州が向こう23年間にわたって在来線の運行を行なうという異例の形で決着しました。
さらに象徴的なのが、運行コスト削減のため、肥前鹿島の次の肥前浜駅から長崎駅までの区間が非電化になり、JR世代の電車から国鉄型のキハ47による運行になったのです。
そのため、電車での運行は肥前浜駅までとなり、ここから長崎方面へは一部の直通を除いて肥前浜駅での乗り換えが必要になりました(長崎方面だと多くは諫早駅でも乗り換えが必要です)。
一応佐賀県側、長崎県側だけで折り返す列車も幾らかあるのですが、
実は長崎県方面へ抜けられるダイヤは、これから乗る14時前の列車の前が朝8時前とものすごく開くので、いずれにせよ祐徳神社でも参拝するか、という話になってしまいます。
というわけで、13:52肥前鹿島駅発の肥前浜行きに乗車しました。
車両は817系の2両ワンマン。
ホームでは10数人が待っており、結構な乗り降りがあったように思います。
最近817系の車内をロングシート(元々の座席を窓際に並べ替えただけの代物)に簡易改造する例が熊本方面で目立っているようですが、
こちらは本来の転換クロスシートでした。
ただ、座席は木に革張りのクッションが付いて見てくれは良いですが、座り心地はよくありません。
たったひと駅、次の肥前浜駅からは、ディーゼルカーに乗り換えです。
長崎県側からの列車も折り返しなので、島式ホームにはこちらの列車を待つ乗り換え客が目立ちました。
こちらを下車した方々(高校生が多かったですが、一部西洋系の外国人旅行者もいました)も、ほとんど向こうの列車に乗り換えました。
乗り換え先の列車は、今回の新幹線開業に伴って用意された、国鉄世代のキハ47型2両編成、もちろんワンマン運行です。
今回の抜擢に伴い、車体の塗り替えやトイレの洋式化が実施されたそうですが、
車内には昔ながらのボックスシートが並びます。
(私らには国鉄世代の車両の方が座席数が多くありがたいのですが)
本当ならキハ47ではなく、キハ66・67を残して欲しかったように思いますが。
乗り換え時間2分で発車。
2両で20〜30人くらいの乗車だったでしょうか。
JR九州のキハ40系列はエンジンと変速機の交換が行われており、JR西日本のキハ120と全く同じ走行音がして走りはそこそこ小気味良いのですが、
窓が汚いのには閉口しました。
列車は有明海沿いをカーブを繰り返しながら進みます。
山が海まで迫るこの辺、かつての特急『かもめ』は振り子装置の威力を存分に発揮していたのでしょう。
鹿島市の先にも多良町という比較的大きい街があるので、多良駅や肥前大浦駅では結構な数の下車がありました。
架線は一部撤去され電柱だけが残る所も見受けられました。
有明海は結構干潮と満潮の差が激しいので、海岸の潮が引いている所も多く見掛けます。
東京でさえ今朝は

だったというのに、こちらは菜の花が咲いているのが春の訪れの早さを感じさせてくれます。
長崎県側に入って、確か湯江駅あたりだったと思いますが、
対岸に見えるのは島原半島、雲仙普賢岳でしょうか。
列車はこの先、諫早駅を超えて長崎駅まで直通するダイヤでした。
県境の前後は区間列車も加わり、さらに諫早駅〜長崎駅間は大村線からの直通がメインで運転されるので、列車本数は多くなります。
また喜々津駅〜浦上駅間は旧線の長与駅経由と、新線の市布駅経由があり、
乗車した列車はメインとなっている後者の方を走ります。
現川駅では、肥前浜駅からの道中で唯一、反対側への列車とのすれ違いがありました。
真新しいハイブリッド気動車・YC1系による佐世保行きでした。
この車両、長崎エリアの主役に躍り出たは良いのですが、
名前と逆に、変にデザインに凝り過ぎたせいかあまり人には優しくないようで……
肥前浜駅から1時間半ちょっと。
トンネルを抜け、長崎の市街地へ入ると新しい高架線になって浦上駅、そして右にジャパネットの900億円掛けたスタジアムシティをちらりと見て、高架駅に変貌した長崎駅に到着です。
西九州新幹線とともに長崎本線の終点であることに変わりはありませんが、特急列車の姿はもうなくて架線も電気が止められ、
駅の外れにもたむろしているローカル列車のYC1系に、たまにキハ47が顔を出すだけになりました。
そう遠くない昔まで、東京や関西方面のブルートレインもありましたが、高架駅が完成した頃には過去帳入りしていました。
今乗ってきた列車は、すぐ肥前浜行きとなって折り返します。
今回乗車したキハ47型は、2両とも違うカラーリングでして、
私はこちらの車両に乗ってきました。
なんでも、佐世保市出身のEXILEのTAKAHIROさんプロデュースらしいです。
こちらの青いのが、いわゆる「並行在来線」(実際には諫早駅〜長崎駅が本当に並行在来線で、諫早駅〜江北駅なんて全然違うルートなのですが)の標準。
有明海をイメージした青に、沿線自治体の名前が入ったりしています。
この頃には水戸岡鋭治氏がデザインから身を引いていたみたいなので、恐らく社内でデザインしたのだと思いますが。
というわけで、2004年以来の長崎駅に降り立ちました。
もちろん20年前には、新幹線と並ぶ高架駅なんかではなく、終着駅らしい雰囲気が強い地上の駅だったのですが。
そして駅に隣接して、商業施設やお高めのホテルを併設したJR九州の駅ビル『アミュプラザ』がオープンしていました。
駅ビルといっても、一応駅とは別になっていますが。
まだまだ駅前広場の整備などが続いていますが、20年前には無かった巨艦のような駅ビルを見るに、長崎の街の大変貌を実感します。
長崎市はその地理的条件や産業構造の転換から、近年人口の減少や高齢化が著しいという話も聞きます。
そんな中で完成したアミュプラザの目と鼻の先に、プロ


の試合会場を併設したスタジアムシティという巨艦が10月にはオープンします。
長崎県出身の福山雅治さんがこけら落としのコンサートを行ない、そして

B1リーグの開幕で長崎ヴェルカがどこまで頑張るかが見ものになってくるわけですが。
新幹線にアミュプラザにスタジアムシティと、100年に一度とも言われる街の大変革が、長崎市が抱える人口減などの問題ががある中での巨大投資でかなり心配な部分もありますが、多くのお客を集め街の活性化に繋がって欲しい所です。
(そのためには

V・ファーレン長崎と

長崎ヴェルカに相当大暴れしてもらわねばなりませんね

)
さて、今回は夕方の西九州新幹線で佐賀市へと戻ります。
それまで2時間強の時間を長崎市で取りました。
長崎は高校の修学旅行(1995年)、あと自分の旅行で2000年と2004年に訪れ、グラバー亭や出島、原爆資料館、稲佐山なんかをすでに訪問しています。
ですので、今回、一応観光地ですがあまり知られていない(但し一部

界隈では有名)展望スポット「風頭公園」を訪れてみることにしました。
明日も休みなので、この話は明日書こうと思います

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