先に放映された『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』
おっさんヲタの、おっさんヲタによる、おっさんヲタのためのホイホイアニメ。
もちろん、おれもホイホイされたクチであるw
その主題歌もお気に入りで、PVをヘビーローテしてたりするのだが、歌詞にちょっと気になる部分もある。
まあ、歌の歌詞なんてものは、占いや預言のように曖昧なものが多いが、それでも「これはアレかなあ」と心当たりがあったり、逆にサッパリ解からなかったり…。ほかの歌なら気にも留めなくとも、この作品で描かれた時代をガッツリ生きてきたヲタとしてはスッキリさせたいなと思うわけですよ。
というわけで、そのへんちょっと考えてみた。
> ♪正しい愛情が積み重なって それなのに近年は窮屈になって
いつといつの何を比べるか、その前提によって答えは変わるだろうが…。
自分が連想したのは、90年代と20年代の問題指摘の多さ、かな。
たとえば、喫煙のシーンはNGとか、この言葉は差別に当たるとか、やれ配慮が足りないetc
だが、その程度、なんだというのだ。
全体として、昔より今のほうが、ヲタクは解放されたと云っていいだろう。
今風のコトバでいうと「生きづらさ」ってやつが、昔のほうが格段に強かった。
宮崎事件の後など最悪だったぞ。
いまは、ヲタクというものが広く知られ準市民権を得た。
ネガティブどころか、一家言ある通、というと気取り過ぎだが、その分野に造詣のある者という側面が認知され、エセヲタク、ファッションヲタクまで現れる始末で、二時間しか寝てないアピールするが如く「おれオタクなんだよね〜」とのたまうのであるw
ただ、先に書いた通り「前提」が異なってる可能性は大いにある。
ま、とりあえず次いこうか。
> ♪何を背負って何年になれど タテジマなLOVEは健在です
サッパリ解からなかったのがコレ。「タテジマなLOVE」とはなんぞや。
おれの知らないネットスラングでもあるのかとググったがそんなこともなかった。
でも、二つの説が見つかった。
ひとつは
タテジマ = ヨコシマの逆相位 = 邪の逆 = 純粋。つまり純粋な愛
もうひとつは
タテジマ = 阪神のユニフォーム。すなわち、長き逆境に耐え推し続ける愛。
阪神日本一になって逆境抜けちゃったけどw
阪神云々はともかく…、落ち目のコンテンツを支持し続ける愛、というのは共感できる。とてもな!! ウルティマオンライン最高!
ただ、どちらの説にしても、わざわざ「タテジマ」と言い換える動機に欠ける。
強いて言えば、歌詞の文字数合わせにちょうどよかったから、あたりだが……。
てか、わかりにくいだろう、タテジマw
前の句の「何を背負って何年になれど」の何年は、文字通り西暦でもあり、同時に自身の年齢も加味すると思う。歳を重ねて、あれこれ背負うようになっても……、おっさんに刺さる歌詞である。よきよき
> ♪有り金をはたいて何やかんやすれば 使いきれないぜゴールドの山
一番最初にこれを聴いたとき「RMTじゃん。いいのか、そんなの歌詞に組み込んで」と、思ったのだけど、いま主流のゲームって、公式がRMTしてるんだよな。
アイテム課金システム。
重課金してブイブイ言わす様を著しているのだ、と気づくのに時間がかかったおれはヲタの世界でも旧世代なんだなあと思い知った ( ´Д⊂ヽ
> ♪何かを何かしてどうのこうのすれば 誰も泣かせずにゲームクリア
ゲーム改造か!? と、まず思ったおれは邪道を往くことも厭わないデータ改造常習犯だったのだが、個人で愉しむぶんにはいいんだよ!! 無限ロケラン最高!オンでチートはしないぞ?
でもまあそれはともかく、さすがにゲーム改造のことではないだろうなあ。じゃあ二次創作かな? 悲劇的な結末を二次創作でハッピーエンドにするのはよくあることだけど「ゲームクリア」に繋がらないんだよなあ。
というわけで、ワカリマセン。
これは、という説があれば聞かせてください。おながいします。
細かいのはほかにもあるけど、こんなところかな。
あー、なんか久しぶりにヲタクっぽいものを書いた気がする。
こういうのは筆が乗るねw
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