■「蘇民祭」千年の歴史に幕=高齢化で担い手不足―岩手・奥州
(時事通信社 - 02月18日 01:00)
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岩手県を中心に日本各地に伝わり1000年以上の歴史を有する裸祭りである。岩手県内では毎年1月から3月にかけて複数の蘇民祭が行われ、岩手の蘇民祭の名称で国の選択無形民俗文化財として選択されている。最も著名なものは、日本三大奇祭ないし日本三大裸祭りに挙げられる奥州市の黒石寺蘇民祭である。
ポスター掲示拒否問題
2008年の蘇民祭に先駆けて奥州市が作成したポスターを、上半身裸で胸毛の濃い男性が大きく写っているデザインで「女性客が不快感を覚え、セクシャルハラスメントに該当するおそれがある」としてJR東日本が駅構内の掲示を拒否した。この件が報じられて蘇民祭の知名度が全国的に上昇し、報道による広告効果は約31億円余と放送調査会社のニホンモニターが発表した。
概要
以下は黒石寺蘇民祭の概要であり、他の蘇民祭では細部が異なる場合がある。
旧暦正月7日夜から翌8日暁にかけて行なわれる。参加者である男子は祭の1週間前から精進潔斎に務めなければならず、肉・魚・ニラやニンニクのような臭いの強い食物、或いはそれらを調理した火を通した食物を口にすることが禁じられる。
22時に鳴らされる梵鐘の音を合図に祭が始まる。浄飯米(おはんねり)を持った祈願者の男女が水垢離(みずごり)をした後「ジャッソー、ジョヤサ」(邪〈ジャ〉を正〈ソ〉すの略)と掛け声を発しながら本堂を三巡し、五穀豊穣を始めとする幸福を祈願する。
23時30分より、全裸に下帯のみを身に付けた男たちが行列を為して福物の柴燈木(ひたき)と呼ばれる松明を掲げながら行進。2時、本堂で数え7歳の男児2人が扮する鬼子が本堂に入り福物の餅を境内にまいた後、再び境内に戻る。5時、鬼子が本堂に再び入った後「袋出し」の5 - 6名の男が「蘇民袋」と呼ばれる麻袋を抱えて現れる。全裸の親方が小刀で蘇民袋を切り裂き、福物の小間木(こまき)を境内の男女が拾う一方で柴燈木登りに参加した男たちは引き裂かれた蘇民袋を激しく奪い合う。最終的に、蘇民袋の首にいちばん近い部分を持っていた者がその年の取主(とりぬし)となり、その年は東西どちらの土地が豊作となるかが決まる。地元住民以外でも当日、境内で届け出れば参加は可能であるが、前述の精進潔斎を厳守して宗教行事であることの心得を要する。
旧くは黒石寺に限らずどの蘇民祭も下帯を含め一切の衣服を着用しない全裸で行われていたが、観光客の増加と共にストリーキング目的の参加者も増加して問題視され、黒石寺も2007年以降は下帯の着用が義務付けられ、全裸で行う伝統が途絶えた。親方は同年以後も全裸を続けているが、2008年に岩手県警水沢署は「宗教行事であってもわいせつ物陳列罪が適用され得る」と警告し、この年は実際に摘発が行われることは無かったが、渡海紀三朗文部科学大臣は「伝統文化について、警察が判断するのはそぐわない気がする」と岩手県警の警告に疑義を呈する見解を示した。「年々、いかがわしい雰囲気が強くなり、神聖な祭の姿が失われている」「マスコミが押しかけ、伝統的な神聖さが失われている」と嘆く地元民も多く、伝統的な雰囲気を守るためならばある程度の規制は必要、とする意見も年々増している。2008年は後述のポスター掲示問題が発生し、取材者や野次馬が多数押し寄せた。主催者も観客規制するなど様々提案しているが実現していない。関係者の高齢化や担い手不足の要因から、2024年の開催を最後に終了の予定であることを住職が発表した。2025年から伝統を継承するため護摩祈祷を続けていく方針。
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