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2024年01月27日15:45

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桐島聡という人

■【独自】「最期は本名で迎えたい」連続企業爆破事件の「東アジア反日武装戦線」メンバー 桐島聡容疑者(70)とみられる男の身柄確保 末期がん患う 警視庁公安部
(TBS NEWS DIG - 01月26日 23:09)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=7726906

桐島 聡(1954年(昭和29年)1月9日)は、1970年代の日本のアナーキズム系新左翼過激派である東アジア反日武装戦線のメンバー。同派による連続企業爆破事件の容疑者として全国に指名手配されていた。広島県深安郡神辺町出身。広島県立尾道北高等学校卒業後、1972年4月に明治学院大学法学部に進学。明治学院大学在学中に黒川芳正や宇賀神寿一と出会い、東アジア反日武装戦線にさそり班として参加し、連続企業爆破事件の複数のテロ事件に関与した[2]。身長は160cm位で強度の近視、足が細い、広島弁、顔にニキビの跡がある、唇が厚いなどの特徴を持っていた。

1975年4月18日、東京の銀座の韓国産業経済研究所の入口に手製の時限信管付爆弾を仕掛け翌日に爆発させた。これによってビルの一部が損壊した。警視庁は本事件を中央区内連続企業爆破事件とも呼んでいる。爆弾は同グループが出版した腹腹時計に掲載したもので、同グループで薬剤師資格を持つ大道寺あや子が勤務先から横領した薬品などを使って製造したものが使われた。それ以外にも数々の爆破事件に関与した。

1975年5月19日に東アジア反日武装戦線の主要メンバー7人が逮捕されたのを契機に逃亡。直後に黒川が所持していた桐島の家の鍵からまだ警察が把握していなかった桐島の存在が明らかとなり、桐島は警視庁公安部に爆発物取締罰則違反で指名手配された。1989年と1990年、警察庁は過激派の爆弾犯、誘拐犯ら10人を指定の公開手配とした中の1人に桐島を挙げた。1987年だけで警視庁は桐島を含めた10名を掲載した手配チラシを700万枚印刷し全国に配布した。

半世紀近くも生死を含め行方がわからず、東アジア反日武装戦線のメンバーの中で、一度も逮捕されていない唯一のメンバーであった。起訴後にダッカ日航機ハイジャック事件により国外逃亡した大道寺あや子と共犯の事件に関しては刑事訴訟法254条2項の規定により共犯者の公判中という形で公訴時効が停止しているが、大道寺あや子と共犯ではない事件に関しては公訴時効が成立している。また東アジア反日武装戦線の中で、前科がないただ一人の人物でもあった。

2024年1月25日、桐島聡と見られる男が入院している旨の情報提供が警視庁になされたことを受け、警視庁公安部による男の特定作業が開始された。翌日、男が神奈川県鎌倉市の病院に偽名で入院しているところを警視庁公安部によって、その身柄を確保された。男は既に事情聴取に対して、事件の関係者しか知り得ない当時の状況などについて話しており、こうした状況から、警視庁公安部は男が桐島容疑者である可能性が高いとみて、現在、DNA型の鑑定を進めている。男は桐島を名乗っているが、50年近く逃亡していたことから、特定作業は困難を極めるとの見方もある。偽名で入院しており、末期がんを患っていて、治療が行われていたが、25日までに自らが桐島であるという説明を始めたことから、職員が通報した。
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