mixiユーザー(id:7846239)

2023年01月28日15:54

138 view

ベートーヴェン:『ピアノ・ソナタ第28番&第29番』(ポリーニ)

【収録曲】
ベートーヴェン
 1 ピアノ・ソナタ 第28番 イ長調 Op.101
 2 ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 「ハンマークラヴィーア」Op.106

マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)

2021年6月,2022年4月
ヘルクレスザール,ミュンヘン(セッション)


マウリツィオ・ポリーニが弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ第28番と第29番を聴く。45年ぶりの再録音である。これでポリーニが再び挑んだベートーヴェン後期ソナタのレコーディングが完結。

率直にいって,新しいレコーディングは後期ソナタ集の旧盤を聴いたときほどの衝撃はない。とはいえ,この半世紀近くの間にポリーニもずいぶん変わったという印象は受ける。誤解を恐れずに言えば,演奏時間が押し並べて短くなった結果,モーツァルト風のベートーヴェンという方向へ一歩か二歩進んだような気がする。モーツァルトのようなベートーヴェンといっても,あくまでこのCDに収められた演奏が与える印象に限っての話しであり,注意深く聴くと旧盤でポリーニが確立した後期ソナタとの連続性は健在だ。

旧盤と新盤を比べて,一番大きな変化は演奏時間が短くなった点だ。典型的な例は,ハンマークラヴィーアの第3楽章。演奏時間は旧盤の約17分から新盤では約15分と,ほぼ2分も短縮されている。演奏のテンポが速くなるという傾向は,ハンマークラヴィーアほど極端ではないにせよ,このCDに録音された両曲のどの楽章にも妥当する。

おそらく,ピアノのタッチが変わったのが要因だと思う。旧盤では力を込めて鍵盤を深く強く弾いていたが,新盤では力を抜いてより軽やかにそして浅く触れるように改めたのだろう。この変化がモーツァルトのようなベートーヴェンという印象の大元にある。

そして,ピアノの響きが明るく透明になり,輝きに包まれている。聴く者の聴覚に突き刺さるようなピアノの響きではなく,空気中を漂う雲か霧のような柔らかく優しいサウンドという側面が際立つ。優しく明るいピアノというのが,ポリーニのモットーになったのかもしれない。

優しくなったといえば,音と音の縦の関係つまり和声よりも横の関係すなわち旋律を強調するようなスタイルに変化したような印象を受ける演奏でもある。まるで見上げるような高層建築を完成させるような意気込みで,途方もないことを成し遂げようとする野望とはおさらばしたかのようだ。

その結果,完成した音の構築物は以前と比べると一回りコンパクトな,やや小じんまりした出来映えである。人を寄せ付けないようなよそよそしさがなくなり,親しみを感じさせるピアニズムに変化している。

こういう表面的な変化とは別に,じっくりと腰を据えて繰り返し聴くと,モーツァルトのような軽快で煌びやかなベートーヴェンの向こう側に,かつてポリーニが創造した後期ベートーヴェンの面影が蘇ってくる演奏でもある。つまり,ベートーヴェンの骨格は何ら変わっておらず,ポリーニの全身の中で生き続けていることがわかる。確かに骨太なベートーヴェンから華奢なベートーヴェンへと変身したかもしれない。だが骨格そのものの構造は昔のままで,旧盤の逞しさはそのまま引き継がれている。ただ,表面的な変化に覆われてこの事実に気付くのに多少時間がかかる。

もちろん,モーツァルトみたいなベートーヴェンという変化と骨太なベートーヴェンという旧盤のイメージの割合は第28番とハンマークラヴィーアとで同じなわけではない。第28番ではモーツァルト風の印象がより強く,ハンマークラヴィーアではより構築的な要素が明瞭だ。前者は比較的こじんまりとしていて,より自由に書かれたような印象を与える一方,後者は巨大な威容を誇る作品でブロックを積み上げて完成させたような外見を持っているからなのだろう。

第28番を軽いタッチと速めのテンポで弾くと,響きが透明で軽快な印象になり,ロココ風の煌びやかな印象の演奏になる。音と音の横の繋がりが際立ち,メロディーラインが自然と目立つ。おそらくこうした点がモーツァルト的という印象を与えるのだろう。

ハンマークラヴィーアは規模の大きな楽曲なので,どのような演奏スタイルを採用しようとベートーヴェンらしい巨大なスケールが前面に出がちだ。また,筋骨隆々とした構造を有するため,タッチを軽くして速度を上げて弾いたとしても,ハンマークラヴィーアの構築的な構造と異なる印象を与えるのは難しい。

旧盤をレコーディングしてから半世紀近くが経過して,ポリーニも変わった。タッチやテンポにピアニストの変化が窺われる。彼の美学が変わったのかもしれない。他方,演奏する作品の解釈に関しては,時代や状況の変化にもかかわらず不変といって差し支えないだろう。作品に対する理解の根本はやや背景に退いたとしても,三つ子の魂百までもが当てはまるようだ。ポリーニの新譜はこれら両面を見せてくれているように思う。
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年01月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031