【収録曲】
カロル・シマノフスキ
1 9つの前奏曲Op.1から「第1番」,「第2番」,「第7番」,「第8番」
2 仮面劇Op.34
3 マズルカOp.50から「第13番」〜「第16番」
4 ポーランド民謡の主題による変奏曲Op.10
クリスチャン・ツィメルマン(ピアノ)
録音:2022年6月18〜22日,ふくやま芸術文化ホール(1,3,4)
1994年5月14〜21日,ティヴォリ・コンサートホール,コペンハーゲン(2)
DG 4863007(セッション)
クリスチャン・ツィメルマンの最新盤。ポーランドの作曲家,カロル・シマノフスキの作品を収めたCD。ピアニストも作曲家もポーランド出身の音楽家。ツィメルマンはシマノフスキが残した作品の中から,初期から晩年まで節目となる曲目を選んで弾いている。同郷の作曲家の全体像を提示することを目指したのだろう。
「仮面劇」を除き,ツィメルマンがレコーディングのために選んだのは,岡山県のふくやま芸術文化ホール。1994年にオープンした演奏会場を設計したのは,ツィメルマンの友人でもある豊田泰久。少なくとも1回はこのホールで演奏したことがあり,その響きを気に入ったからシマノフスキの録音で使う決心をしたのだろう。このディスクを聴くと,ツィメルマンがどういうサウンドが好きなのか想像できる。彼は演奏するピアノを厳選し自身で調律するのだから,音響にこだわってホールを選ぶのも自然の成り行きだ。
曲によって弾き方を変え,あるいはホールさえも変えて,ツィメルマンの作品に対するイメージを表現しようとする完璧主義を貫こうとする。ピアニストの意図を聴く側に届けることに成功したように思う。
「9つの前奏曲Op.1」はシマノフスキが世に問うた最初の作品。作曲家の過去の作品の中から1900年に選び編纂した。大半はその頃作曲された曲だが,第7番と第8番は作曲家14歳のときの作品らしい。バッハの前奏曲に起源を持つ,ショパン風の作品である。ツィメルマンは9曲の前奏曲から4曲を選び弾く。1曲の前奏曲にひとつのテーマというバッハの伝統は生きているものの,曲想はロマンチックでショパンそのもの。しかし,ショパンよりも音楽はおとなしく渋い。
ツィメルマンは「前奏曲」を聴衆にわかりやすく解説するようには弾かない。聴く側が彼の演奏に集中することを求める弾き方である。音量は抑え気味で,色彩的なサウンドというよりモノトーンに近い印象だ。晩秋の霧が漂うようなサウンドをCDに収めるべく,このホールを選んだかのようだ。
「マズルカOp.50」はシマノフスキ晩年の作品。ピアニスティックな技法が満載された曲である。同時にポーランド民謡のイデオムが詰め込まれた音楽でもある。この作品では,ポーランド高地の音楽に焦点が当てられている。この地方の音楽や舞踏が持つ美しさの重要なところは,シマノフスキの魂の奥深くまで届くところであると,作曲家自身が記している。この作品を書くことで,最新の音楽語法と民族音楽のイデオムをシマノフスキの内面で融合させることができた。
マズルカの演奏は前奏曲より明晰である。とはいえ,ピアノの響きの柔らかさは大切にしている。この曲で,ツィメルマンは明晰か否か以上に,収穫を終えた後の村祭りのような賑わいを表現しようと試みているようだ。村人たちが発するエネルギーがダイレクトに伝わって来る演奏である。
「ポーランド民謡の主題による変奏曲Op.10」は,曲の冒頭に短いアンダンテ・ドロローソ・ルバートが置かれ,次いで主題が提示され,そのあと10の変奏が続く。この変奏曲は1904年,シマノフスキがワルシャワで音楽を勉強していた学生時代に書かれた。習作の面影を留める音楽で,変奏にそれほど込み入った手法が使われている訳ではない。素人が聴いても主題と変奏の関係はある程度察しがつく。
ツィメルマンは主題を意識しつつ,各変奏を克明に描いてゆくことに全神経を集中させているような弾き方である。当然,各変奏では細部まで明晰に弾こうとするので,「前奏曲」,「マズルカ」,「変奏曲」の中では,響きが最も明晰である。面白いことに「変奏曲」を全曲とおして聴くと第10変奏に近づくほど音量が上がり,明晰さの度合いも増すようだ。だが,ピアノのタッチが強くなっても,響きが濁ったり割れてすることはもちろん微塵もない。ホールのアクースティックがソフトだからだろう。
ここまでの録音は,今年の6月にふくやま芸術文化ホールで行われた。「仮面劇」だけは1994にコペンハーゲンで収録された。
「仮面劇Op.34」は1915年から16年までの間に書かれ,「シェーラザード」,「道化のタントリス」,「ドンファンのセレナード」の3曲から成る。ストラヴィンスキーの新古典主義など当時の最先端の音楽の動向から強い影響を受けたと考えられる作品。また,シェーラザードの中東的世界をはじめ異国な響きに満ちた音楽でもある。
ツィメルマンは「仮面劇」をテレビの8Kのような解像度で演奏する。曖昧模糊としたところの一切ない,輪郭が明瞭かつ硬質な音楽で,前奏曲とは対極的な音楽的世界を形作っている。クリアーで硬質なデジタル風の響きだ。こうした音楽的な特徴を表現するためピアニストが選んだのは,コペンハーゲンのティヴォリ・コンサートホールで1994年5月に収録された。
ツィメルマンの完璧主義を読み解くのは面白いが,かなりのエネルギーを要し疲れることは確かだ。でも,音楽を聴くときの引き出しを増やしてくれる有り難い存在であることは間違いない。彼の演奏をホールで聴く機会が訪れることを楽しみにして待つことにする。
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