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2022年05月21日16:09

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ソコロフ:「エステルハージ宮殿ライブ2018」(ハイドン&シューベルト)

【収録曲】

Disc1
 ハイドン:ピアノ・ソナタ集
1 ソナタ 第32番 ト短調 Hob.�将此�44
2 ソナタ 第47番 ロ短調 Hob.�将此�32
3 ソナタ 第49番 ハ短調 Hob.�将此�36

Disc2
 シューベルト:4つの即興曲D.935
4 第1番 へ短調
5 第2番 変イ長調
6 第3番 変ロ長調
7 第4番 へ短調

(アンコール)
8 シューベルト:即興曲 変イ長調 D.899-4
9 ラモー:鳥のさえずり(クラヴサン曲集:組曲ホ短調より第5曲)
10 シューベルト:ハンガリー風のメロディ ロ短調 D.817
11 ショパン:前奏曲 第15番 変ニ長調「雨だれ」
12 グリボエードフ:ワルツ ホ短調(2つのワルツより第2曲)
13 ドビュッシー:雲の上の足跡(前奏曲集第1巻より第6曲)

グリゴリー・ソコロフ(ピアノ)

録音:2018年8月10日,エステルハージ宮殿ハイドン・ホール,アイゼンシュタット
DG 4861849(ライブ)


ソコロフが2018年の夏にエステルハージ宮殿で行ったリサイタルのライブ録音。プログラムはハイドンのソナタ3曲とシューベルトの即興曲D.935で,趣きのやや異なる曲の組み合わせというのはいつもの通り。最後はアンコールの大盤振る舞いで,シューベルト,ラモー,ショパン,ドビュッシーなど7曲を弾くというのも定番。グリボエードフ(1975.1.15ー1829.2.11)はロシアの作曲家。モスクワ大学を卒業した貴族で,外交官や作家としても活躍した。1829年,ハーレムから逃げ出したアルメニア人の少女数名を任地ペルシャの大使館にかくまったところ,ペルシャとロシアの不平等条約の象徴だとして暴徒が大使館に押しかけ,殺害される。

ソコロフが弾くピアノを久しぶりに聴いて満足している。基本的に以前と同じく達者な演奏を楽しむことができた。ライブ録音ということもあり,細部がわずかに甘くなっているところがなきにしもあらずだが,リサイタル本番でこの完成度なら何もいうことはない。

このCDを聴いてその特徴をまとめてみると,甘美さが若干増したように感じる一方,演奏のフレームは相変わらず堅牢で,いつにも増して楽しい音楽を聴かせてくれるように思う。とても取り付きやすいアルバムと言って差し支えなさそうだ。

このディスクを聴いていて,ソコロフの演奏がラフマニノフの音楽のような甘美さに満ちていることに気がついた。これまであまり注意しなかったほど爛熟した甘さを秘めているように思えた。その要因が演奏会場にあるのか,演奏曲目にあるのか,はたまた演奏者の心境の変化に起因するのか定かではない。ロシア・ピアニズムの底流にある甘美さが以前よりも多く表面に出ているようだ。これまでソコロフが抑制気味に対処してきた官能的な要素の一部が何かのきっかけで堰を乗り越えたような気がする。そういえば,ピアノの響きもややソフトになっているかもしれない。もちろん,過度の甘たるさとは無縁で,ある種の抑制は利いているのだが,ロマンチックなピアノ演奏に少しだけ驚いた。

この特徴が滲み出ているのはリサイタル後半で演奏されたシューベルトの即興曲だろうか。D .935の4曲を聴いていて,曲の内部から発光していて暖かい光を放っているような気がした。とはいってもピアノの響きは柔らかいけれどしっかりした皮膜に覆われていて,音像が曖昧になることはない。ソコロフのロマンチシズムと抑制の葛藤のようでもあった。

ソコロフが演奏する音楽の骨組みは相変わらずしっかりしている。かといって,その骨組みがピアノの響きを外部から押さえ付けているわけでもない。和音を構成する音や前後の和音などが互いに内的に結びついていることで感じられる安心感とでも表現すればいいのだろうか。適切な間隔を保ちつつも自然な結びつきを維持している。これはやはりピアニストの技量であり,センスなのだろう。ソコロフのピアノを聴いていて感じる心地よさの源泉ともいえる。

このことを実感したいなら,ハイドンのピアノ・ソナタを聴いてみれだけで十分だ。シューベルトの即興曲よりも響きは若干硬いけれど,ひとつ一つの音が美しいコスモスを形作っていることを感じ取ることができるだろう。ハイドンの音楽でありがちな無味乾燥な音というより,ソコロフのハイドンは人間的な温かみを持つ,少しロマンチックな響きを楽しむことができる。

今まであまり気づかなかったことだが,ソコロフのピアノ演奏は淀みなく心地よく流れる音楽だということを改めて認識した。これはこのピアニストの大きな魅力の一つなのだろう。CDから流れてくる音楽を次から次へと追いかけたくなる。音楽を聴くのはこの種の快感を追い求めてのことだと思い知る。このピアニストの語り口,あるいは音楽性と言ってもいいのだろう。

この才能はこのアルバムのどの曲を聴いても感じ取ることができる。ハイドンのソナタやシューベルトの即興曲など比較的シンプルな楽曲で実感できるだろう。おそらくフレーズという音の連なり以前にひとつ一つの音のタッチからこの音楽的な心地よさが生まれているような気がする。持って生まれた才能の豊かさと弛まぬ追求の成果だ。

こののところ,疫病,戦争,海難と重苦しいニュースが続く。そういう状況下でこのアルバムを聴くと,ヨーロッパの夏を彩る巨匠のリサイタルが重い空気を一層してくれるような気がする。より正確に表現するなら,空気が変わるというより,他のことを忘れて一つのことに集中する人間本来の心の有り様を取り戻すことができる,ということだろうか。
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