【収録曲】
ベートーヴェン
CD2
1 ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 Op.37
2 ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 Op.58
クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ)
ロンドン交響楽団(管弦楽)
サイモン・ラトル(指揮)
録音:2020年12月,LSO St Luke’s,ロンドン
DG 4839971(セッション)
今回は第3番と第4番が収められている2枚目のCDについて。基本的なコンセプトはCD1と同じで,明るく,軽快で,柔らかなベートーヴェンだ。若干速めのテンポがこれらの特徴を裏付けているようだ。
ただし,このCDではいわゆるベートーヴェンらしさをCD1以上に強調しようとしているようでもある。それ以上に力点を置いているのは,第3番と第4番の個性の違いをどう描き分けるかだろう。それぞれの作品の持ち味の相違を追求していった結果,ベートーヴェンらしさに行き着いたと表現した方がより実態に近いのかも。
大胆に捉えるなら,第3番は第1番と第2番の延長線上の作品という要素が依然として強く,ハイドンやモーツァルトの影響圏から完全に脱し切っていない要素が多く残っている。つまりベートーヴェンの個性が全面的に開花する一歩手前の時期に書かれたことをツィマーマンとラトルは,この演奏で表現しようとしているのではないだろうか。それと同時にベートーヴェンがすでに自分の道を歩み始めていることを示唆したいという気持ちも根底にあるようだ。作曲家は自分の音楽を自分の語法で語りたいと願っているものの,その語法はまだ自分オリジナルのものでない借り物のようなもどかしさを感じさせる。ピアノ協奏曲第3番の楽想が100%ベートーヴェンのものでないことが,その背景にあるのかも知れない。前者と後者がほぼ半々の割合で混じり合っているとピアニストと指揮者はそう解釈していて,そのことをこの演奏で表現したいのだろう。
この作品に対する二人の理解の仕方に異存はない。しかし,表現面では先輩作曲家の影響とベートーヴェンの独自性のコントラストが少し強調され過ぎのような気配がなきにしもあらずだ。この点は作品自体が持つ特異性でもあるので演奏家の解釈を問題視するわけにもいかない。どうしても第3番と第4番を続けて聴くとこうした点が気になる。こうした点を和らげるためにピアノ協奏曲第3番の楽想をもう一度捉え直すことを試みるのも有効かも知れない。
ベートーヴェンらしい楽想がまだ成熟し切ったとは言い難いピアノ協奏曲第3番ピアノ協奏曲とは対照的に,第4番ではベートーヴェンの音楽が全面的に開花している。このピアノ・コンチェルトは静謐な美しさに満ちた抒情性が特色で,いわゆるベートーヴェンらしさからはやや隔たっているかも知れない。しかし,この静かで抒情的な音楽はどこをどう切り取ってもベートーヴェンの音楽以外の何物でもない。この作品は女性的とされることが少なくないだろうけれど,それはベートーヴェンが創造したレオノーレのような女性だといって差し支えないだろう。
しかし,第3番と第4番の相違はベートーヴェンの精神的な成熟だけでもたらされたものではない,とツィマーマンはラーナーノートで指摘する。この跳躍にも似た変化はこの頃ベートーヴェンが遭遇した新しいタイプのピアノが大きな役目を果たしているという。すなわち第3番のどちらかというとゴツゴツしたピアノ・パートの響きから第4番の軽快で流動的ともいうべきメロディ・ラインの動きや抒情的で水晶のような透明感は,当時の最新型ピアノとの出会いによって生じた変化だとピアニストは言い,指揮者もとても面白い見方だと同意する。
たしかに第3番から第4番へのイデオムの移行は書法の発展だけでは説明できない跳躍だろう。第3番からは想像もできないほどの透明感や小川の流れのようなメロディーは,作曲者が新しいタイプのピアノとの出会いを果たしたことで説明し尽くせるだろう。第4番のアイディアそのものが新しいピアノに触れたことで生まれたといっていい。フォルテピアノの延長線上にある楽器からは誕生しようのないタイプの音楽だと断定できるように思う。
もちろん新しいピアノの可能性を理解し,それを最大限発揮しうるような作品を書いたベートーヴェンは只者ではない。同様に楽譜から,あるいは演奏の実践からピアノ協奏曲第4番の背後に当時最先端だったピアノの存在に思い至ったツィマーマンもベートーヴェンに劣らぬ慧眼の持ち主といえる。長年の謎の一つが氷解した。
軽快で柔軟なベートーヴェンも悪くはないものの,オーケストラのサウンドにもう少ししっとりした落ち着きと厚みが欲しい。いくら新しいベートーヴェンを標榜しようとも,オーケストラのソーシャル・ディスタンシングの弊害が出たように思う。とくに第4番を聴いていてそう思う。第4番に関してはポリーニ,ベーム,VPOによる演奏が依然として頭にこびりついている。
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