★ギーター/2-53
(長谷川訳)・・・お前の叡智は、今経典に惑わされているが、サマーディ(三昧)の境地に不動なれば、お前はヨーガを完成するだろう。
(田中訳)・・・・君の心がヴェーダの美辞麗句に、決して惑わされることなく、自己の本性を覚って三昧(サマーディ)に入ると、至聖(かみ)の意識に到達するのだ。
(長谷川解説)
我々の人生は、殆ど他人の言葉によって動かされている。その中でも宗教の領域は、人間の独自の考えの全く介入できないものと認められている。
インドの伝統では、ヴェーダをシュルティ(天啓)と言われている。…このような聖句を、直接、神(パラマートマー)から聞いた、それは人間の作ったものではない。
しかし、他の経典のように、ヴェーダの注釈も、様々な方法によってなされたが、唯それらを読んだだけでは、人は真理を知ることはできない。言葉は概して人の心に混乱を生み出す。人生と世界の真実を知るためには自分の心を完全に鎮めて、言葉のない意識状態に達することが必要である。サマーディ(三昧)の境地において、言葉を超越し、真理と一体となってこそ、究極の真理を知ることができる。
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