【収録曲】
CD1
1 コルンゴルト: ピアノ三重奏曲 Op.1
2 ツェムリンスキー:クラリネット三重奏曲 ニ短調 Op.3
CD2
3 マーラー: ”子供の不思議な角笛”より「ラインの伝説」
(コーンフェイルによるCl,Pfのための編曲版)
4 マーラー: ”亡き子をしのぶ歌”より「いつも思う,子供たちはちょっと出かけただけなのだと」(コーンフェイルによるCl,Pfのための編曲版)
5 ベルク: ピアノ・ソナタ ロ短調 Op.1
6 ベルク:クラリネットとピアノのための4つの小品 Op.5
7 ベルク:アダージョ(室内協奏曲よりCl,Vn,Pfのための編曲版)
8 シェーンベルク :室内交響曲 第1番 Op.9(ヴェーベルンによるFl,Cl,Vn,Vc,Pfのための編曲版)
エマニュエル・パユ(Fl)
ポール・メイエ(Cl)
樫本 大進(Vn)
ズヴィ・プレッサー(Vc)
エリック・ル・サージュ(Pf)
録音:2018年7月23日〜28日,ダリウス・ミヨー音楽院カンプラ音楽堂,エクサン・プロヴァンス
Alpha:ALPHA588(2CDs)
新ウィーン楽派の作品を収めたCDといえば,カラヤン&ベルリン・フィルやラサール弦楽四重奏団のディスクを条件反射的に連想する。これらのディスクは過去との断絶,つまり後期ロマン派との距離を強調した演奏と言って差し支えないだろう。ガラス,コンクリートと金属でできた現代建築のような音楽のようにきこえる。
その偉容を誇る建築はとても面白いのだが,どこかで物足りなさを感じていたことも事実。過去との隔絶だけでなく連続を意識した新ウィーン楽派の演奏を聴きたいと近頃つくづく思うようになった。そんな折このCDの発売を知り,もしやと思い購入してみた。狙いは見事に的中。年季の入ったウィーンの高級アパートの一室で新ウィーン楽派の室内楽を聴いている雰囲気が濃厚。どの作品も後期ロマン派との関係を示唆し,この楽派の生い立ちを強調しているかのようだ。つい,あぁやはりそうなんだ,と納得する。
このアルバムの演奏に参加しているのは,パユ,メイエ,樫本大進,プレッサー,ル・サージュ。いずれも,超現代的な演奏をしかねない面々である。しかし,古き良きウィーンの音楽を再現する腕前も確か過ぎるくらい確かだ。ヨーロッパを本拠地とする演奏家の利点を余すところなく発揮してくれている。変にウィーン情緒を強調するのではなく,現代の奏法を基本に世紀末ウィーンらしき雰囲気を絶妙に表現している。そのあたりに,これら演奏家の卓越した力量を伺うことができる。
この2枚組CDに収められた作品はすべて1896年から1923年の間に作曲された。マーラー,ツェムリンスキー,コルンゴルト,シェーンベルク ,ベルクという系譜は,さながら拡張された新ウィーン楽派と呼んでもよさそう。ウェーベルンもひょっこりと顔を出している。
コルンゴルトのピアノ三重奏曲は1909年に作曲された。これは早熟の天才作曲家の面目躍如たる作品である。ナチの迫害を逃れアメリカに渡り,ハリウッドで映画音楽を書いて糊塗を凌いだ事実を思い起こさせる目も眩むようなメロディーやハーモニー,そして当時のヨーロッパを彷彿とさせるリリシズム。ウィーンのロマン派がたどり着いた終着点を具現している作品である。演奏に関しては,ロマンチシズムはやや抑制的ではあるが,柔らかい肌触りの響きで,知的な構造を正確に再現している。
1986年に書かれたツェムリンスキーのクラリネット三重奏曲は,意外なことにブラームスの音楽を思い起こさせる重厚な響きや和声進行に満ちている。このトリオは,同年12月11日にブラームス が名誉会長を務めるウィーンの室内楽協会のコンテストで演奏された。ツェムリンスキーが自分の作風を確立する前の作品なのだろう。演奏は重厚ではあるが,かといって重たくなり過ぎることなく,ブラームスに傾倒していた時期のツェムリンスキーの音楽を再現している。
マーラーの「ラインの伝説」と「いつも思う,子供たちはちょっと出かけただけなのだと」は,1979年にオリジナルの歌曲をロナルド・コーンフェイルがパユのために編曲した作品。「子供の不思議な角笛」と「亡き子をしのぶ歌」から1曲ずつ,歌の旋律をフルートへオーケストラの伴奏をピアノへ移し替え,マーラーの歌曲にしてはスッキリとした仕上がりだ。とはいえ,音楽のエッセンスは新たな表現で蘇る。リートであると同時に室内楽だ。
ル・サージュが弾くベルクのピアノ・ソナタは,すでに古典の仲間入りを果たしたような演奏。確かに前衛的な音楽ではあるものの,佇まいそのものは音楽の歴史の一部となって最先端における音楽の創造を支えているように響く。フランス出身のピアニストという要素も加わって,抑制に加え透明感と明晰さが際立つ。これまで聴いたベルクのピアノ・ソナタのうち最高の演奏のような気がする。
クラリネットとピアノのための作品は,極めて短い4つの作品で出来ている。演奏時間が短い分,前衛的な要素が増しているような面もある。ベルクの音楽に特有の底の見えないような暗さをメイエとル・サージュが表現している。
室内協奏曲のアダージョは,クラリネット,ヴァイオリンとピアノのための室内楽版。1935年ベルク自身が編曲を行なった。ピアノが演奏の中心となり,ヴァイオリンがソロ・パート,クラリネットが木管楽器のパートを担う。この作品でベルクの書法はさらに発展を遂げている。さらに,原曲より少ない楽器のためのヴァージョンに書き改めたことで,曲の性格が一層明瞭になったようだ。仄暗さを背景に音が明滅する様を巧みに表している。この作品の傑作たる所以がわかる。
シェーンベルクの室内交響曲第1番は1906年に作曲される。4つのソナタ形式の楽章は,一体化されて切れ目なく演奏され,調性は極限まで突き詰められているが,どちらかと言うと聴きやすい音楽と言って差し支えないだろう。このCDの演奏で用いられている楽譜は,1923年版のウェーベルンが五重奏用に書いたものを使っている。このことを知った上で演奏を聴くと,シェーンベルクとウェーベルンの共作のように聴こえる。この2人の作曲家の好ましいところが美しく調和したような音楽だ。それにしても,この作品の演奏で5人の奏者が発揮するアンサンブルは,通常では考えられないくらいのレベルに到達しているように思う。それでいて,ウィーンの室内楽らしい柔らかい響きがとても魅力的だ。
新ウィーン楽派の音楽をそのルーツまで遡っ再現する試みは大成功を収めたと言っていいだろう。音楽史上で後期ロマン派までたどる趣向も説得力があり,世紀末ウィーンの室内で演奏した雰囲気を追求したのも面白い。何より,こうした試みを意図したとおり実現してみせた,パユ,メイエ,樫本,プレッサー,ル・サージュの音楽的力量は驚異的な水準といえるだろう。
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