【プログラム】
1 ホリガー: 2つのリスト・トランスクリプション
2 J.S.バッハ: カンタータ第12番,第21番よりシンフォニア
3 ベルク: ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」
4 ホリガー: アルドゥル・ノワール(黒い残り火)
5 シューマン: 交響曲 第1番 変ロ長調「春」Op.38
ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)
札幌交響楽団
札響合唱団
ハインツ・ホリガー(指揮&オーボエ)
2019年9月21日(日),14:00開演,札幌コンサートホール
札響の9月定期は「ホリガー生誕80年記念」と銘打たれている。ホリガーは現代最高のオーボエ奏者(バッハのカンタータのシンフォニア)であり,指揮者(ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」とシューマンの「交響曲第1番」)で,そして作曲家(「2つのリスト・トランスクリプション」と「アルドゥル・ノワール」)でもある。精力的に活動を続ける80歳の音楽家,ホリガーが持つ多彩な面を紹介しようとするコンサートだ。
ホリガーは音楽家として,すべての側面で強い印象を残す。とりわけ,指揮者としての一面には強い感銘を受けた。指揮棒一本で札響の弱味を物の見事に克服し,どの指揮者もなし得なかったような飛躍を札響に遂げさせた。従来,札響のサウンドは美しいものの,響がやや薄いという弱点があり,わずかとはいえ表現の幅に制約があった。演奏する曲目によっては,その弱みが強みになることもあったが,オーケストラとしてもう一段の高みを目指すなら,この課題を解消する必要があると常々感じていた。しかし,この日の札響はこの壁をやすやすと乗り越え,ほぼ理想に近いサウンドで演奏していたのである。その背景には,現在の首席指揮者マティアス・バーメルトの薫陶があるのは間違いない。
指揮者,ホリガーはベルクのヴァイオリン協奏曲の伴奏で目覚ましい手腕を披露してくれた。実際に演奏を聴くまで,札響のサウンドではたしてどのようなベルクになるのか気掛かりだった。だが,音の凝集度や音の透明感という点で,ほぼ完璧な演奏をしていたように思う。もちろん,ベルクの作品なので,もっと陰影が深く暗い音色である方が望ましいが。でも,それは解釈の問題のような気がする。ソリストのヴェロニカ・エーベルレが弾くヴァイオリンの音色にホリガーが合わせたのだろう。煌々と灯りがたかれた空間で演奏したベルクのヴァイオリン協奏曲であった。音の密度と透明度は新ウィーン楽派の作品にふさわしい響だ。この作品の特徴の一つでもあるレクイエムという性格にふさわしい美しさと悲しみを湛えた演奏である。「ある天使の思い出に」と題されたこの曲は12音で書かれているものの調性音楽的な色彩が濃く,標題音楽的な要素も少なくないこの作品の核心を突くような演奏だった。とりわけ,各声部の隅々まで克明に描かれたかのような明晰さは現代音楽の演奏には欠かせない。ブーレーズ,バーメルト,ホリガーという系譜が浮かび上がってくるかのような錯覚をおぼえる。
とはいえ,ベルクのヴァイオリン協奏曲の演奏を成功に導いた功最大の功績は,独奏者のヴェロニカ・エーベルレに帰すべきだろう。まだ若いエーベルレは,ベテランの大家ホリガーを相手に臆することなく自分のベルクを弾き切った。彼女はテンポ,音色,表情などこの作品の表現を主導していたと言い切っていいだろう。細やかな陰影が若干不足するところも含めて,この若き逸材が主導していた。2007年のザルツブルク復活祭音楽祭に,わずか17歳の少女がサイモン・ラトルに導かれてベルリン・フィルの演奏会に登場し,ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾いて,一躍世界の注目を集めたというのも頷ける。以来,ロンドン響,ロイヤル・コンセルトヘボウ,ニューヨーク・フィル,フランクフルト放送響などに招かれる活躍ぶり。
オーボエ奏者,ハインツ・ホリガーも健在である。編成を縮小した札響をバックにバッハのカンタータから2曲のシンフォニア(序曲)を弾き振りした。バッハが書いたカンタータの中のオーボエのフレーズを官能的な甘さと艶やかさで吹く。オーケストラを圧倒するほどの音楽的な存在感で,往時と変わりないオーボエの音色を披露することができるとは,これまた驚異的な80歳である。音楽的な才能もさることながら,ヨーロッパから飛んできて日本で中堅クラスの指揮者並の演奏スケジュールをこなしうるとは,身体的・精神的な頑健振りにも驚きを禁じ得ない。かつて,オーボエの名手として数々の録音に接していた頃からは想像もできないタフさである。
作曲家としてのホリガーについて,何か断定的なことを言うのは控えるべきだろう。新しい作品を聴くのは好きだが,それを評価する知見を持ち合わせていないので。ただし,ホリガーは確固とした彼の世界を持っていて,それがオーボエの演奏やオーケストラの指揮とも通底しているらしいということは感じ取ることができた。「2つのリスト・トランスクリプション」はリスト晩年のピアノ曲「暗い雲」と「不運」が原曲。「不運」は調整を不明確にして,無調音楽・現代音楽への扉を開いた画期的小品だという。「リストが晩年に残した2つのエニグマ(謎)をのりこえる試みとして書いた」とホリガーは説明する。2つのエニグマは「19世紀の音楽シーンの中で迷子石(氷河に運ばれてその場に取り残された石)のように立ちはだかっていると同時に,まだ知らない世界への道標のようでもあります」と述べている。「アルドゥル・ノワール」(黒い残り火)はドビュッシーのピアノ曲「燃える炭火に照らされた夕べ」をもとにして書かれ,このピアノ曲もドビュッシー最晩年の作品である。「アルドゥル・ノワール」にはボードレールの詩集「悪の華」の一節が使われ,合唱が歌う「哀愁に満ちた声が管弦楽の背景に色彩を形作」る。
最後に演奏されたシューマンの交響曲第1番「春」では,アンサンブルがやや乱れ気味の普通の演奏に戻ってしまった感がある。それまでのプログラムの演奏で,指揮者もオーケストラも集中力を使い果してしまったかのような印象を与える。原典版を使用したことが,そのような印象を与える要因となった面も否定できなくはない。しかし,張り詰めた緊張の糸が切れてしまったような印象を受けた。
なにはともあれ,あれほど充実したベルクのヴァイオリン協奏曲を聴くことができて,十二分に満足した演奏会だった。そして,札響のさらなる飛躍への手応えを確かめられたのも嬉しい。ホリガーの「並外れて明敏,繊細な耳」のなせる技であると同時に,その背後にはバーメルトが首席指揮者に就任したことが大きいと密かに思った。この日の見事な演奏を遠くから支えていたのはバーメルトである。
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