今日は新国立劇場で「トゥーランドット」でした。
東京文化会館ですでに見た人達のつぶやきはざっと目を通しましたが、敢えて、事前情報をできるだけ少なくしていって見ました。
そうしたら、いままで見たいろいろなプロダクションの中で、フィナーレが一番納得できました。
これまでの演出だと、自己中心的な最低男と最低女が周りに被害をまき散らしながら、結ばれて、ハッピーエンド、ってどこがハッピーエンドなんだ!!!(怒)って、感じだったんで、どうしても後味の悪さが残るんですが、今回、Liuが自殺した後、Liuの亡骸が移動されることなく、舞台中央に置かれていて、すぐそばにLiuの亡骸があるにもかかわらず、そんなことお構いなしのCalafがいかに自己中のサイコパスなのかが鮮明になりました。
一方のTurandotは、Liuの亡骸の所にずっと座り込んで、彼女の顔や身体に触れたりして、Calafの愛の言葉なんて,確かにあれだけ大きな音で歌われたら聞こえるんでしょうけど、上の空状態。
あ、Turandotはビアンだから、男と結婚したくなくて、無理難題を求愛する王子たちにふっかけて、首をはねていたんだ。Liuのあとを追って自殺したんだ、と、すごく納得。
ところが、ツイッターでの書き込みを見ると、演出は最後までどうなるか決まっていなかったみたいで、びっくり。あれだけ、大がかりなプロダクションで、そんな事ってあり得るんでしょうか?
ログインしてコメントを確認・投稿する