mixiユーザー(id:7846239)

2019年05月25日16:09

92 view

エレーヌ・グリモー『メモリー』

【収録曲】

1 シルヴェストロフ: バガテル第1番
2 ドビュッシー : アラベスク第1番
3 シルヴェストロフ: バガテル第2番
4 サティ: グノシェンヌ第4番
5 ショパン: ノクターン第19番
6 サティ: グノシェンヌ第1番
7 サティ: ジムノペディ第1番
8 サティ: ゆがんだ踊り第1曲(「冷たい作品」より)
9 ドビュッシー : レントより遅く
10 ショパン: マズルカ第13番Op.17-4
11 ショパン: ワルツ第3番Op.34-2
12 ドビュッシー : 月の光(「ベルガマスク組曲」より)
13 ドビュッシー : 夢想
14 サティ: ゆがんだ踊り第2曲(「冷たい作品」より)
15 二ティン・ソーニー: ブリージング・ライト 

エレーヌ・グリモー(ピアノ)

2017年12月,Himmerfahrtskirche Sending,ミュンヘン(セッション)
DG 4835710(2018年9月29日リリース)


このCDは,昨年の秋に東京オペラシティーで予定されていたグリモーのリサイタルの予習のために買った一枚。残念なことに,手か腕を痛めたためリサイタルはキャンセルとなった。これまでにも彼女のリサイタルは聴いたことはあるが,音響条件などが整ったオペラシティーで聴くのを楽しみにしていた矢先だったので,少なからず落胆した。

たしか,事前に公表されたリサイタルのプログラムもこのCDの収録曲をベースに組み立てられていたと記憶している。小品をたくさん並べるのはあまり好みではないけれど,とびっきりの美音で弾いたこれらの曲が,ホールでどのように響くのか興味津々だった。このCDの発売とリサイタルの開催との間隔があまり空いていなかったので,このアルバムを集中して聴いていたことを思い出す。

このたび改めて聴き直してみると,昨年の秋には見過ごしていた点があることに気付く。このアルバムは,いわばイージーリスニングの一歩手前で踏みとどまったような演奏でできている。もう一つは,エレーヌ・グリモーの瞑想の世界に入ってピアノを弾くような彼女の特徴がやや露わになった感があるということだ。

イージーリスニング云々という点に関して,誤解を招かぬようあらかじめお断りしておきたい。デビューしたてのピアニストなどが,人気の高い名曲の小品を満載した聴衆迎合主義的なCDをリリースしたのとは全く次元の違う演奏である。たしかに,収録曲に関して,その種のアルバムとこのCDで共通する曲目は少なくない。だが,このCDで多用されている弱音一つとってみても,グリモーがこれまでの演奏で培ってきた豊富な経験や彼女の才能が凝縮された芳醇な弱音の完成度は紛れもなく芸術の域に達していて,それだけで聴く者を魅了して止まない。作品に寄り掛かって聴衆を惹きつけるのではなく,響きに込められたグリモーという存在が語りかけてくるようなサウンドであり演奏である。

しかし,たとえようもなく極上の響きであったとしても,やはりこのCDでグリモーが目指しているものは,いわゆるイージーリスニングが狙っている世界と限りなく近いものではなかろうか。頭で消化したり情緒を揺さぶる音楽ではなく,感性で受け止める音楽なのだ。しかも,とても分かり易い演奏を目指しているようにきこえる。もちろん,彼女独自の哲学や心理学のフィルターで濾されてはいるけれど。このCDのライナー・ノートは彼女へのインタビューで構成され,その冒頭でいきなりハイデッガーの話が出てきたり,縦横無尽に語られる彼女の自然哲学が全編を覆い尽くしていたりする。それをピアノで表現したのがこのCDのコンセプトなのだ。なにもピアニストに哲学が不要だと言いたいのではない。いくらそれが真摯なものであったとしても,アマチュアの限界を突破できないのであれば,イージーリスニングのようなものに近づくこともありうる。自然との一体感を美音で賛美した演奏に堕す寸前で止まったようなアルバムのようにきこえなくもない。

エレーヌ・グリモーが自然と一体化するのは,彼女の内面を介してのことである。そこでは,当然,無意識の世界と直接つながる瞑想を通して自然と対話することに。ピアニスト,演奏家などに限らず,芸術家は程度の差はあれそのような方法で芸術の創造に携わる。ただ,このアルバムでは無意識の世界を媒介にして自然と一体化するコンセプトを積極的に打ち出したがために,こうした側面が強調された演奏が目立つようになったのだろう。初めのうちは,グリモーの演奏の秘密に触れることが出来て面白いのだが,そのうち飽きが来てしまうのが難点である。

このCDは言うまでもなく,フランス風の音楽が主流を占める。それは彼女が設定したコンセプトからすれば至極当然のことだ。ただ,このようなラインナップではショパン作品のいくつかがやや突出しているように響く。この作曲家のフランスでの生活が長いといっても,スラブの血が騒いでいるようにきこえなくもない。シルヴェストロフはウクライナの現代作曲家だが,アルバム中の2曲のバガテルにあまり違和感はない。シュニトケ,ペルト,グイバドゥーリナなどと同世代の作曲家だが,1970年代の半ばに方向転換をしてロマンティックな作風に転じたとされる。バガテルはこの時期以降の作品なのだろう。二ティン・ソーニーも現代の作曲家で,インド系イギリス人。インド音楽,アッシッドジャズ,R&Bなどを融合させた音楽を書いているらしい。グリモーはソーニーのBreathing Lightを自分のフィルターでろ過し,このアルバムの他の作品と違和感のない演奏に仕上げている。これも彼女の非凡な才能の成せる業だろう。

彼女がこの境地に達したからには,非凡なテクニックや感性を全開させたオーソドックスな演奏活動を繰り広げることは望むべくもないような気がする。以前にもまして「ウォーター」や「メモリー」のような世界を表現することに重点を置いた活動に傾斜してゆくように思う。才能の浪費だと思うが,だれも彼女のこの流れを押し留めることは適わないのだろう。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年05月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031