mixiユーザー(id:7303697)

2019年05月06日21:43

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皆さんと同じ

さて、みんなどんな意見かな? と覗いてみたら、少なくとも「日記」については大勢が私と同じ方向の意見、だいたい言いたいことは誰かが言ってくれているので安心しました(「つぶやき」は読んでいません)。
なので、もう書かなくてもいいかな、と思ったけど、まさに「日記」がわりに書きます。

「人生の価値」なんて基本的には本人が、次いで遺族が考え、決めること。そしてそれをどんな形で、どれだけの金銭的対価を払って「供養」「清算」「尊重」するかも彼らの専決事項で、そこに何等かの口を挟めるのはせいぜい友人くらいだろう。少なくとも直接関係の無い坊さんではない。

「それでいい」と思う人は(遺族も含めて)それでいいのだ。そもそも正解など無く、他人がとやかく言えることではない。
手厚い(高価な)弔いや供養に現実的な意義や意味があれば、皆それを選択するだろうし、それが無くてもせめて皆が「そう感ずる」なら、つまり「現実的意味は無くてもそんな気がする」なら金をかけるだろう。
現実的効果はたぶん無いのだから、せめて「そう感じさせる」ことに宗教や関係者が成功してきていれば、こんなことにはならない。多数派が「そんな罰当たりなことできない」と感じ、言い、そしてそういう(廉価な合葬墓に収めるという)選択をしなかっただろう。

こうなってしまったというのはつまり、「そもそも無意味」であったうえに、「その幻想を維持させることに、宗教関係者が成功しなかった。努力か能力か、もしくはその両方が足りなかった」というだけのことだと思う。

「懸念」(の内容)は見苦しい。「食っていけなくなる」「贅沢できなくなる」以外のどういう懸念なのだろう?



■安価な合葬墓、寺院は懸念「人生の価値考えるとひどい」
(朝日新聞デジタル - 05月06日 17:25)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5608373
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