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2019年05月04日18:39

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メシアン「アッシジの聖フランチェスコ」(カンブルラン&読響)

メシアン: 歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」(全3幕8景)
台本: メシアン(原作14世紀トスカーナの書「聖フランチェスコの小さな花」など)
作曲: 1971年から83年
初演: 1987年11月28日,パリ・オペラ座(ガルニエ宮)

天使: エメーケ・バラート(ソプラノ)
聖フランチェスコ: ヴァンサン・ル・テクシエ(バリトン)
重い皮膚病を患う人: ペーター・ブロンダー(テノール)
兄弟レオーネ: フィリップ・アディス(バリトン)
兄弟マッセオ: エド・ライオン(テノール)
兄弟エリア: ジャン=ノエル・ブリアン(テノール)
兄弟ベルナルト: 麦屋 秀和(バス)
兄弟シルヴェストロ: ジョン・ハオ(バス)
兄弟ルフィーノ: 畠山 茂(バス)

合唱: 新国立劇場合唱団,びわ湖ホール声楽アンサンブル
オンドマルトノ: ヴァレリー・アルトマン=クラヴリー,大矢 素子,小川 遥
管弦楽: 読売日本交響楽団
指揮: シルヴァン・カンブルラン

録音: 2017年11月19日・26日,サントリーホール,東京
Altus: ALT 398/401(第572回定期演奏会ほかのライブ)


チケットの発売日に即完売となったカンブルラン&読響によるメシアンの歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」のライブ・レコーディング全曲盤。昨年,2018年9月21日にリリースされた。

この公演のチケットが完売し,入手不可能となったことを知ったときは驚いた。まさか,このようなマニアックなオペラが,発売即日完売になるとは予想だにしなかった。昨年,このCDが発売になることを知ったときは,チケットを取り損なった失態を100%取り返すことはできないにしても,その損失の大部分を回復できそうな気持ちになって嬉しかったことを鮮明に覚えている。

歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」は,敬虔なカトリック教徒メシアンが作曲と台本の両方を手がけた。リブレットは「聖フランチェスコの小さな花」をベースに,聖フランチェスコの生涯から主要な8つの場面で構成されている。第1景「十字架」,第2景「賛歌」,第3景「重い皮膚病患者への接吻」(以上第1幕),第4景「旅する天使」,第5景「音楽を奏でる天使」,第6景「鳥たちへの説教」(以上第2幕),第7景「聖痕」,第8景「死と新しい命」(以上第3幕)。演奏時間が4時間30分弱に及び,その規模はワーグナーの「神々の黄昏」に匹敵する大作。

しかし,聴いていて疲れないのは不思議。「黄昏」のようなドラマがないからだろうか。もちろん「アッシジの聖フランチェスコ」にも物語がありドラマがある。ワーグナーのドラマとは違う種類の。台本も音楽もことさらドラマチックな表現を追求するのではなく,メシアンの音の響きの範囲内でドラマを表現するとでも言えばいいのだろうか。英雄ジークフリートと聖フランチェスコの生涯にまつわるドラマ的な要素の違いは大きなウエイトを占めるとしても。

誤解を恐れず思い切った言い方をすれば,メシアンにとって聖フランチェスコの一生を描くのがこの歌劇の目的ではなく,この聖人の生涯は作曲家メシアンの音楽的集大成の素材ではないのだろうか。聴いていてそんな印象を持つに至った。世の終わりのための四重奏曲,トゥーランガリラ交響曲,幼な子イエスにそそぐ20の眼差し,鳥のカタログなどで練り上げたメシアンの音楽語法がこのオペラの随所から鳴り響いてくる。そして,頭の中を真っ新にして4時間30分メシアンの響きに身を委ねるのは何と心地よいことか。ドイツ音楽,とりわけ古典派のような論理展開の欠けたサウンドに浸るのは,ある種の瞑想的な体験に似ているような気もする。色彩感と透明感が独特な仕方で結びついたメシアンのサウンドの魅力のひとつだろう。これはメシアンに限らず,フランスの作曲家,とりわけ近代以降のフランス人作曲家が志向してきた響きだ。

さらに,この作品を聴いていて,ある種の安らぎを覚えるのは,このオペラに限らずメシアンの音楽が人間は自然の一部であるというメッセージを伝えているからではないだろうか。鳥のカタログというピアノ作品に代表されるように,鳥類を人間と自然との媒介する存在と捉え,その鳴き声を執拗に研究したのは有名なエピソードだ。このオペラを書いている最中も鳥の鳴き声の研究に余念がなかったそうで,その成果は当然のことながらこの作品に取り入れられている。「アッシジの聖フランチェスコ」は自然の環境=神の創造した世界の中の存在を表現すると同時に,この音楽作品に接する聴衆を神の世界で包み込むという意図があったのではないだろうか。立花隆が書いた「武満徹・音楽創造への旅」の中に武満がメシアンの音楽に憧れていた旨の記述がある。このCDを聴くと武満の気持ちが理解できる。

とにかく,頭の中を空っぽにして,メシアンの音が体の細胞に染み込んでくるに任せる,そんな音楽なのではというのが今のところの結論である。カトリックの聖人や信仰に疎いゆえ,もっと別な聴き方がありそうだが。

最近のライブ・レコーディングの例にもれず,スタジオ録音に匹敵する完成度を誇るCDである。そして,もしサントリーホールで聴くことが叶っていたならば,録音とは比べものにならないくらいの音楽的情報に全身を晒すことができたのにと悔やまれる。

この公演の立役者はいうまでもなく読売日本交響楽団の常任指揮者だったシルヴァン・カンブルランであることはいうまでもない。もちろん,ソリスト等の人選を含めて。そして,この公演を周囲から支えた関係者のみなさん,発売と同時にチケットを完売にした音楽愛好家のみなさんの見識にも脱帽します。
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