★ギーター/18-59
(長谷川訳)
アハンカーラ(エゴ)に追従して、お前は “わたしは戦争をしない” と言っているが、しかしこのお前の決定は嘘である。プラクリティが、お前にこの働きをさせるに違いない。
(長谷川解説)
自分の生涯において何をしても、その中にはアハンカーラ(エゴ)が中心要素をなしている。 “私はこれをしよう” 、また “私はこれをしない” と考えるのは、人間にとって至極当然のことである。このように計画を立て、そして、それらを行動に移しながら、我々は自分の人生を過ごしている。しかし、自分のエゴは我々が作ったのではない。アハンカーラもまたプラクリティの作為であり、またそのプラクリティの力に支配されて、我々は行動をし続けている。強力なアハンカーラに従って、自分の本来の性格と違った働きをすることができると、誰でも考えることができる。しかし、そのようにはできないだろう。我々は、自分の行為の自由な実行者ではない。我々各々の人間は、プラクリティのごく小さな部分にしか過ぎない。
そして、そのプラクリティこそ、我々の人生において、その全ての働きの中で顕現し続けている。
(田中訳)
もし身勝手な考えないで『戦わない』と思っても、その決心はむなしいものだ。武士階級(クシャトリヤ)としての天性によって、君はどうしても戦わなければならぬのだ。
(向井田訳)
自分勝手な思いから君が “戦わない!” ときめたとしても、その頑固な決意は間違っている。たとえ今戦場から逃げたとしても、君の戦士としての性質は、後できっと君をお戦争に駆り立てることになるだろう。
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