ジョン・アダムズ: 歌劇「ドクター・アトミック」(Opera in Two Acts)
作曲: ジョン・アダムズ
台本: ピーター・セラーズ
初演:2005年10月1日,サンフランシスコ・オペラ
ロバート・オッペンハイマー(マンハッタン計画の責任者): ジェラルド・フィンリー
エドワード・テラー(物理学者): ブリンドレイ・シェラット
ロバート・ウィルソン(物理学者): アンドリュー・ステープルズ
キティー・オッペンハイマー(オッペンハイマーの妻): ジュリア・ブーロック
パスクァリータ(アメリカ先住民族のメイド): ジェニファー・ジョンストン
グローブス将軍(米陸軍マンハッタン計画司令官): オーブリ・アリコック
フランク・ハバード(気象学者): マーカス・ファーンズワース
ノラン大尉(ロスアラモス病院の医療隊長):サミュエル・サッカー
合唱: BBCシンガーズ
管弦楽: BBC交響楽団
指揮: ジョン・アダムズ
録音:2017年4月24日・25日,バービカン・センター,ロンドン,演奏会形式
Nonesuch: 7559793107(2CD,ライブ)
タイトルから想像して,陰惨極まりないリアリズム・オペラか,はたまたマッド・サイエンティストが登場するコミカルなオペラかと思いきや,プレッシャーに苛まれながら原子爆弾を開発した科学者の物語。ひとつはスケジュール通りに原子爆弾を完成せよとの政府や陸軍からのプレッシャー,もうひとつは神をも恐れぬ悪魔的な兵器の開発に手を染めているという良心のプレッシャー。こうした葛藤に苦しみながらも,原子爆弾を完成させた物理学者の内面を描くオペラである。
ジョン・アダムズは戦後生まれのアメリカの作曲家(1947年2月1日生まれ)。マサチューセッツ州ウースターで生まれ,1971年にハーヴァード大学へ入学。のちにカリフォルニア州へと移り,サンフランシスコ音楽院で10年間教鞭を執る。当初,純然たるミニマリストと目されていたが,成熟期にはミニマル・ミュージックに色彩的な和声法や豊かな管弦楽法を融合させ,新ロマン派風のスタイルへと移行する。
オペラの分野では,第1作「中国のニクソン」が1987年にヒューストン大歌劇場で初演される。ニクソン大統領の電撃的な中国訪問という歴史的な事件を題材にし,1989年グラミー賞現代音楽部門最優秀作品に輝き,ポストモダンにおけるパフォーミング・アートにとって無視できない作品となる。ニューヨークで上演されたのをはじめ,ヘルシンキとビューレフェルトでもプレミエで上演され,ロンドンやタリンでも演奏会形式で演奏された。第2作「クリングフォファーの死」は実際に起こったシージャック事件を扱い,1991年にブリュッセル歌劇場で初演が行われたのち,リヨン,ウィーン,ニューヨーク,サンフランシスコなどでも上演される。目下のところジョン・アダムズは8作のオペラを完成させている。
「ドクター・アトミック」はジョン・アダムズの第5作目になる。いうまでもなく「ドクター・アトミック」は原子爆弾を完成させたマンハッタン計画の責任者,ロバート・オッペンハイマー博士を指す。この作品で,オッペンハイマーはドイツの文学や音楽などにたびたび登場するファウスト博士に擬せられ,政治と科学のはざまで苦しむ物理学者として描かれる。物語の舞台は人類初となる核爆発実験「トリニティ」が実施されたアメリカ合衆国ニューメキシコ州のロスアラモス。時期は核実験が間近に迫る1945年6月のある日から実験が実施された7月16日までの1か月余り。ロスアラモスの研究施設,オッペンハイマーの自宅,そして核爆発の実験場などでのシーンが点描される。
オペラの中で印象に残ったのは,心理的な板挟みに苦しむオッペンハイマーが,心のバランスを回復させる契機として詩を読む場面が一つのシーンの最後に挿入されること。韻文を読み返すことで立ち直るきっかけをつかみ,仕事に戻るエピソードが彼の仕事の困難さを描写しているようでもある。同時に,アメリカを含む西洋社会で,もしかすると全世界かもしれないが,韻文が喚起するイメージによって再び困難に立ち向かうエネルギーを補う習慣が失われようとしている事実が逆照射されることが新鮮だ。
音楽的な面では,ミニマリストとしてのジョン・アダムズの姿は後景へと遥かに退いてしまい,色彩的な和声法と豊饒な管弦楽法を自由に駆使して登場人物の内面や物語のシーンを濃密に描くネオ・ロマン主義風の作風が全面に出ているのが特色といえるだろう。気のせいかも知れないが,第2幕の半ばでは,カール・オルフを思わせる官能的な響の音楽が濃厚に立ち込める。ハーモニーもリズムもオルフの「カルミナ・ブラーナ」そっくりのフレーズが姿を微妙に変えながら延々と続く。それを繰り返し聴かされ続けるうち,もう十分だ止めてくれと叫びたくなる。だが,それが開発に従事した科学者たちの心の叫びを表現しているように思えてくる。あの官能性を帯びたサウンドも,それが人間の本音を表現しているようにも響く。とにかく,人間の領域を踏み越えて,神の領分に踏み入ろうとする生身の人間の迷い,苦しみ,そしてその困難に立ち向かう姿が手に取るようにわかる。
このオペラは次のような” Voice of a Japanese Woman”の一節で閉じられる。オッペンハイマーを苦悩の地獄に追いやった「禁断の果実」を食べた一帰結だろう。
Please give me some water.
The children are asking for water.
Tanimoto-san, please help me. I can’t find my husband.
Please give me some water.
Please give me some water.
東海岸で生まれ育ち,そこで学び,西海岸で音楽を生業とした知識人が書いたオペラである。歴史的事実としてのマンハッタン計画や物理学者オッペンハイマーの歴史的・学問的評価とは一応切り離して,芸術作品としての評価という保留付きで。
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