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2018年04月02日09:26

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つながりの世界


私は衣食住を中心に数多くの物に囲まれて生活をしています。
しかし、考えてみますと、自分の手でつくったものはほとんどありません。

例えば、このA4の用紙一枚を取り上げても、私の手に届くまで無数の多くの人手や力が働いています。

この紙ができるためには、先ず製紙会社の人、加工会社の人、パルプ会社の人、原木を切り倒す人、製材会社の人、そして森林を私たちに与えてくれた自然の恵み、また出来上がった材料や用紙を運ぶJRや運送業者、その車体をつくる会社の人、そこに電気を供給する電力会社、ダムを掘った人・・・・・・等々、無限の働きが集まっています。

このように無数の人たちや多くの力によって、初めて私たちはこうして生活ができています。

「風吹けば桶屋が儲かる」という諺があります。
風が吹く→ほこりが立つ→目に入る→目を患う人が多くなる→目の見えない人が多くなる→三味線を弾く(昔は目の見えない人は三味線を弾いた)→猫が捕まって殺される(昔、三味線は猫の皮で作った)→ねずみが増える→増えたねずみが風呂桶をかじる(風呂桶は木でできている)→桶屋が儲かる

「思わぬことが起こる」という意味だと思いますが、このように、どんなことでも、お互いが影響しあって存在していることです。

私自身を見ても、私は家族にあっては三児の父親であり、7人の祖父であります。そして両親に対しては子供、妻に対しては夫、弟に対しては兄という立場にあります。会社では、、上司には部下であり、部下には上司、その他得意先には客という立場など諸々の顔を持っています。

また町内会の会員、枚方市の市民、学校関係の先輩、後輩・・・・等と私自身は無数に広がる網の目の中心点です。

このように考えるとき、無数に広がる中心点である私が、暗い気持ちになり、イライラしていれば、家庭で家族の者だけではなく、スーパーの店員のちょっとしたミスにも怒鳴りつけるかもしれません。
その暗さは、私が接する無数の人や犬猫等々に対してもまき散らすことになるでしょう。
これでは私の存在は、社会その他周囲に対してマイナスの存在になってしまいます。

私は、私が存在することによって、周囲に少しでも明るい波動、喜びの波動、感謝の波動、幸せの波動を与え、周囲に必要とされる人間になりたいものだ、と願っています。

それとともに、私に働きかけてくれいる無数の、無限の力の存在を思うとき、すべてに感謝できる人間になりたいと強く願うのです。



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