昨日がワタシの誕生日。
そこからさらに三日ほど遡った3月14日、車椅子の物理学者スティーヴン・ホーキング博士が「機能を停止した」
訃報に触れたとき思い出したのは、いまから30年くらい前、科学雑誌で初めて博士のことを知ったときのこと。
そのとき、記事を読んでこう思った。
「ああ、この人になら寿命を一年譲ってもいいな」
当時、すでに博士は車椅子で、身体の多くが麻痺しており、さらに病状は進行中だった。
本棚から一冊の本を取ることさえ、誰かの介助なしにはできなかったはすだ。
著名な科学者であり、周囲のバックアップが一般人のそれとは比較にならなかったとしても、研究者としてのハンデは想像を絶するものがある。
反面、身体が動かせない分、その頭脳は常に何かを思考・思索し続けていたのだと思う。
少しづつ動かなくなっていく自分の身体……。
タイムリミットに追われながら、宇宙に、世界の在りように、その理に挑む博士の心象世界はいかなるものか。
鳥肌が立った。
私は、科学雑誌を読むのは好きだが、そこにか書いてあることの多くは理解できない。
だいたい、時間と空間の役割が入れ替わる、なんて云われても想像できるかー。
二乗してマイナスになる虚数からしてアレなのに、「虚数時間」ってなんなんだー。
まあ、好きだけどね(のちのシュタゲ厨であるw)
でも、博士のなかには、私などには想像できない「絵」があったはすだ。
その「絵」の隠された部分を解き明かし、白日にさらすべく、自由な脳幹をフル回転させていたのだと思う。
もしその「絵」が完成しても、私には「理解」はできないだろう。
でもきっと、鳥肌は立つ。
それを見せてくれるなら、少しくらいの寿命は惜しくない。
私と同じことを考えるモノ好きは世界にそれなりにいて、それらを合わせた時間を博士が得られたなら、もしかして「絵」は完成するかもしれない。
いや…、完成はムリだろう……。
でも、きっと近づく! 今より解像度はあがる!
少し長くなったが、以上がスティーヴン・ホーキング博士に抱いた当時の感想だ。
博士の主張する説のなかで、個人的に印象深いのは、
「宇宙は過去へのタイムトラベルを許さないだろう」
素人ながら、たぶんそうなんだろうなあ、と私も思う。
シュタゲ厨にあるまじき言説だが、シュタゲ厨だからこそ博士の説は突き刺さる。
理性が博士の説を認めているからこそ、「Steins;Gate」は鳥肌が立つのだ。
ロマンなのだよ!!!
「壊れたコンピューターには天国も死後の世界もない」
博士は、人間の脳を、生体で構成されたコンピューターとみなしていた。
死は機能の停止。それ以上でもそれ以下でもない。
常に自分の死と余命を意識し、宇宙の理を目見つめ続けた博士が云うと重みが違う。
これはまた、ある種の人間には救いの言葉でもある。
なぜ「救い」になるのか理解できないなら、それはきっと幸せなことだ。
だから、博士の冥福は祈らない。
博士は停止した。でも、博士が拓いた道、照らそうとした「絵」はそこにある。
私個人は無力だが、いつか人類が、宇宙が隠し持つ「絵」の全容を目にする日が来ることを切に願う。
私も見たいが、私の機能が止まるほうが早いだろう。それが残念だけど、いつかきっと…。
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