mixiユーザー(id:7846239)

2017年12月30日23:24

312 view

マツーエフ,ゲルギエフ&マリインスキー

【オール・ラフマニノフ・プログラム】

<13:00開演の部>
 ピアノ協奏曲 第1番 嬰ヘ長調 op.1
 ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 op.18
   *** 休 憩 ***
 交響曲 第2番 ホ短調 op.27

 (アンコール)
  ラフマニノフ:前奏曲嬰ト短調op.32-12(ピアノ)
  ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲(管弦楽)

<18:00開演の部>
 ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 op.30
   *** 休 憩 ***
 ピアノ協奏曲 第4番 ト短調 op.40
 交響的舞曲 op.45

 (アンコール)
  ラフマニノフ:練習曲「音の絵」op.39-2(ピアノ)
  メンデルスゾーン:付随音楽「真夏の夜の夢」より”スケルツォ”(管弦楽)

デニス・マツーエフ(ピアノ独奏)
マリインスキー歌劇場管弦楽団
ワレリー・ゲルギエフ

2017年12月10日(日),サントリーホール


この演奏会は,要するにラフマニノフのピアノ協奏曲のツィクルス。4曲のピアノ・コンチェルトを1回のコンサートで取り上げるには時間がかかり過ぎる。かといって2回に分けると,演奏会1回あたりの時間が短すぎる。そこで,帯に短し襷に流しを解消するため,それぞれの演奏会にオーケストラ作品を各1曲追加したというところだろう。それを1日2公演でこなしてしまうタフさは,さすがゲルギエフ。

ピアノ独奏のデニス・マツーエフはゲルギエフお気に入りのピアニスト。Mariinskyレーベルからリリースされた,ゲルギエフ&マリインスキーのコンビニよるラフマニノフのピアノ協奏曲(全曲)でもソリストを務めている。この組み合わせで,ロマンチックなラフマニノフを表現できるのかという懸念はあったものの,彼の4曲のピアノ協奏曲をまとめて聴ける機会はごく限られていると考え足を運ぶことにした。

結論を先取りすると,コスト・パフォーマンスの芳しくないコンサートだったということになる。この1日2公演に出かける時間や費用などのコストと彼らの演奏を聴いた満足感を比べると,後者が圧倒的に小さい。つまり,収支計算をすると真っ赤な赤字になってしまい,わざわざカネとヒマそれにテマをかけてまで聴くべき公演ではなかった。

とはいえ,6曲も演奏したのだから,中には良い演奏もあった。オール・ラフマニノフ・プログラムの最後に演奏された「交響的舞曲」は最高の出来栄えである。これまでに何度か聴いたこの作品の演奏の中で,最も素晴らしい演奏だった。さらに,ゲルギエフ&マリインスキーの持ち味を最大限に発揮したという意味でも,最高の演奏と言える。緻密でありながら力強い超絶技巧の演奏であり,ラフマニノフのロマンチシズムも隠し味として不足はない。そして,この演奏を聴く限り,マリインスキーのオーケストラが世界屈指の機能性を誇っていることを納得する。マリインスキー歌劇場管弦楽団のテクニックに惚れ惚れとし,オーケストラを聴く至福のひとときを堪能した。

「交響的舞曲」の次に評価できるのは,4曲のピアノ協奏曲の演奏。4つの作品の性格的な違いを明瞭に表現していた。

第1番はラフマニノフが学んでいたモスクワ音楽院の卒業試験のために書いた作品で,いわば習作。第2番はこの作曲家の代表作のひとつで,ラフマニノフのロマンチシズムが横溢する。ロシア正教会の鐘を模したピアノ独奏で始まり,フィナーレの爛熟しきった甘美極まりないメロディーで終わる。一方,第3番は超人的な技術的・音楽的な要求がピアニストに課せられ,ラフマニノフのピアニズムを象徴するかのような作品。1917年にラフマニノフがロシアを去った後に完成をみた第4番は,和声と構成の両面で複雑さが増し,新しい境地を切り拓こうとする意欲だけが先行したような印象を受ける作品。第1番の習作的な性格,第2番の退廃的な美しさ,第3番のヴィルトゥオージティ,第4番の未熟さを,マツーエフは巧みに描く分けている。

一方,ピアノ・ソロとオーケストラの音量のバランスが悪く,ピアノ独奏の存在感が乏しかったことが最大の問題点。さらに,ピアニストがこの難点を解消すべく力を込めて演奏すればするほど,演奏が硬直してしまい音楽がスムーズに流れなくなるばかりか,ラフマニノフの雄大なスケール感も損なわれてしまう。圧倒的な音量を誇るオーケストラのサウンドにピアノが埋もれてしまい,オケとソロの響きが団子になったようにきこえる。ピアニストの力不足という面はあるにせよ,ゲルギエフがオーケストラの力量を誇示することに神経を集中しすぎた結果,バランスを失ってしまったとの見方も成立するだろう。

マツーエフが弾いたアンコールの2曲(前奏曲op.32-12,「音の絵」op.39-2)を聴くと,ゲルギエフでなくとも誰もが絶賛したくなるピアニストであることはわかる。厳格なテクニックの中に豊かな叙情性が流れる才能に恵まれた音楽家だ。彼のソロ・リサイタルを聴いてみたいと思った。

そして,最も失望したのは交響曲第2番。この作品はピアノ協奏曲第2番に負けず劣らずロマンチックで,退廃美の一歩手前までいったかのような美しさをもつ交響曲。だが,ゲルギエフはあまりにもドライに振る。美しさに溺れるのも好きではないが,ここまで即物的に表現するのもどうかと思う。ゲルギエフはオーケストラを意のままに操り,ロシア音楽の力強さを表現することに手腕を発揮する一方,ロマンチシズムを解さない男でもある。そのことは承知していたつもりだったが,予想を遥かに上回っていた。甘さを抑え過ぎたスィーツを食べた後のような不満が残る。

チケットを買うときに覚えた一抹の不安が,的中してしまった格好だ。費用対効果の観点からは,まったくペイしない演奏会である。マツーエフというピアニストの持ち味がよくわかったこと,およびゲルギエフ&マリインスキーの限界がより明瞭になったことも成果のうちに入るだろうか。ずいぶん高くついたが,これも授業料と割り切るしかない。
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年12月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31